本文見本
□monopolize
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2012.6.24発行/30P
月曜の朝は憂鬱だ。
琥一はフライパンを揺すりながら、重い溜息をついた。
日曜はあっという間に過ぎ、今日からまた学校である。柄にもなく、画数の多い漢字を使いたくもなるというものだった。
フライパンの中で黄色いオムレツが焼き上がる。ふっくらと出来上がったそれを皿に移すと、丁度トースターからパンの焼き上がりを知らせる音が聞こえた。
琥一は少しだけ気分が良くなった。朝食の準備はタイミングばっちり、出来映えも完璧だ。
「ルカ、メシ!」
琥一は階段の下から琉夏の部屋に向かって声をかけた。
もういい加減に起きてもらわないことには、週の頭から遅刻になり、早速氷室あたりに目を付けられかねない事態になる。それは出来るだけ避けたい。
「んー、ゴメン、ちょっと待って」
「待って、じゃねぇよ。何してやがるんだか……オラ、遅刻すんぞ!」
コーヒーをカップに注ぎながら、琥一は苛立ったように舌打ちをした。折角の朝食も冷めてしまうではないか。
むかっ腹のままカウンター席に腰掛けると、少しだけ堅くなったパンの耳を齧った。
安いパンは、温かいうちに食べないと直ぐに堅くなる。冷めてしまっては台無しなのだ。
「ったく……ルカ!」
とうとう琥一は食べかけのトーストを皿に放り投げると、階段を上っていった。折角上がりかけた気分が急速に降下していく。
「テメ、いい加減にしやがれよ? 氷室に目ぇつけられたら面倒だって、いっつも言ってんだろうが」
例の安物のベッドの横に座り込んでいた琉夏が、困ったように琥一を見上げた。
「コウ……どうしよ」
「ああ? 何がだ」
「ケータイ。見当たらない」
心底困った風に、琉夏が眉を下げた。
「よく探したのかよ」
「探した。―起きてからずっと探してた」
琥一は深く嘆息した。琉夏は物にあまりこだわらない性質で、よく色々失くすのだ。
さすがに携帯は初めてであったが、琥一からすれば、またか、という類の出来事でしかなかった。
「どうせ、じっくり探しゃあ出てくんだろ。時間がねぇのに慌てて探したって、見つかるもんも見つかりゃしねぇ」
「うーん」
琥一の言葉に半ば同意しながらも、琉夏はぐずぐずと立ち上がろうとしない。膝を開いたいわゆる『ヤンキー座り』のまま、琥一を見上げているだけだ。
そんなことよりも、時間である。
琉夏を強引に立たせて支度させ、パンを口に放り込んで、SRの後ろに座らせてからとにかく飛ばす。バイクをいつものところに停め、走ってギリギリといったところか。
琥一は琉夏の腕を取ると、持ち上げるように立ち上がらせた。
「ケータイは帰ってからゆっくり探しゃあいいだろ。今はさっさと支度しやがれ」
「うん……」
いかにも渋々といった琉夏を急き立て制服を手渡すと、面倒そうにシャツのボタンを留めはじめた。ふと見れば、それすらもかけ違えてる。
「テメェはガキかよ」
時間もないのに、留め直してやらなければならないではいか。服装に気を遣う琥一にとって、掛け違えたまま出掛けるなど我慢出来ることではないのだ。
やっと制服に着替えた琉夏にひとつ溜息をつくと、階段をスキップで飛ばすように駈け下りた。
そのままカウンター横を駆け抜けようとした琉夏の目が、刹那トーストに釘付けになる。
琉夏の分にはメープルシロップか砂糖をかけておくのが通例で、このマイペースな弟はそれが好物なのだ。
電光石火で琉夏の手が伸び、トーストをひっ掴みそのままドアを抜ける。琥一が口に突っ込んでやる手間は省けたらしい。
琥一も外にでると、SRにキーを差し込みエンジンをかける。
琉夏は当たり前みたいな顔で後ろに跨って、トーストをむしゃむしゃ食べていた。
「うまいね、コレ。俺が焼いても、こうなんない」
「へえへえ、そりゃよかったな。……もう出んぞ、どっか掴まれ」
バター付きの指を遠慮なく腹に回され、琥一は琉夏を振り返るように睨みつける。
「テメ、手ェ汚れたまんまじゃねぇかよっ」
「えー、じゃあコウがオレの指舐めて綺麗にしてくれんの?」
「何でそうなるんだよ!」
「だって、手拭くものないじゃん」
ほら、おいしそうでしょオレの指。
そう言うと、琉夏が琥一の目の前にバターで光る指先をひらひらと晒す。琥一より白い指先の油脂に、日光が反射して光る。
思わず喉が鳴った。確かに濡れたそれは、冷めたトーストより遙かに欲をそそる。
咥えて舐めて、味わいたい。弱い指の間を舌で責めて、琉夏に溜息をつかせたくなる。
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