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□Menage a Trois
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2011.2.6発行/44P



「ルカ、テメェ最近、やたら『俺はヒーロー』っていうようになったな」

特に、みなこの前で。

少しだけ不機嫌そうに寄せられた眉は、琥一の顔の上に他人であれば即逃げだしたくなる類の表情を作り出している。

(だけど俺は他人じゃない、―…少なくとも)

だから琉夏は、琥一の作るそんな顔を怖がる理由もないのだ。

「だって、ヒーローだし?」

「ああ、そうかよ」

それ以上の追及を諦めたのか、琥一の肩から力が抜ける。
面倒そうに「そりゃよかったな」と呟きながらキッチンへ向かう琥一の広い背中を眺め、琉夏は零れ出てしまいそうになった溜息を慌てて飲み込んだ。この距離では琉夏の小さな溜息でも、琥一には簡単に気付かれてしまうだろう。

(それも嬉しいけど、でもダメだ)

琥一が琉夏の小さな変化に気付いてくれる、幸せ。
けれど今、それを甘受してしまえば、待っているのは三人の関係の終わりだ。

みなこがはばたき市に戻り、同じはば学に通い出してから、琥一と琉夏の三人でよく一緒に遊ぶようになった。

あの日、みなこが戻ったことは、琉夏が琥一に伝えた。入学式の日みなこを迎えに行くと、彼女は二人を思い出したと、嬉しそうに笑ってくれた。それから三人は、また昔のように一緒にいる時間が増えていったのだ。

三人で過ごす時間は、琉夏の知っている穏やかで優しい時間だ。その時だけは、琥一が何かに息詰まっている様子もなく、琉夏が荒ぶる心を持て余すこともなくなる。

(だけど、昔とは違う……もう子供じゃない)

琥一はみなこを、女性として好きになっていくだろう。みなこもいずれ、琥一を選ぶかもしれない。

その時琉夏は、独りになるのだ。みなこという柔らかな隠れ蓑を失い、琥一という琉夏の生きる意味を失う。

コウがいなかったら、俺はとうに死んでただろう。琉夏はキッチンで食事の支度をする琥一を横目で眺めた。

琥一は琉夏だけのヒーローだった。だから琉夏は、みなこのヒーローになろうとするのだ。琥一が、そうならないように。


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