そこにはただ愛だけがあって、見様見真似で頬に預けた無垢なだけの幼いキスは、同性なんていう少しの常識を学んで、代わりに、と親愛のキスだと額に寄せられた。


同性なんていう少しの常識を学んだ額に寄せられた親愛の甘いキスは、幼なじみなんていう少しの柵を経て、代わりに、とお姫様の為の誓いとばかりに手の甲へ落とされた。


幼なじみなんていう少しの柵を経た手の甲へ落とされたお姫様の為の誓いのキスは、いつしか代わりのそれすらも無くなって…、





寝ている古市の唇を掠める。


幼い頃からすれば立派に成長した、それでも全く変わらない麗しの姫君の眠りを覚ますことすら出来ない、寧ろ眠っていてくれなくては触れることすら叶わない卑怯で矮小で最低なキスが寂しい。
毒紐で自らの首を締め付けたまま口付けるような哀れな所業は実に献身的だ。


「ごめん、好きなんだ」


寂しいけれど止められない。
見つめ合っていては叶わないのなら、夢の中だけでも、なんて寒いことを考えながら、煌めく銀糸を梳く。けして絡まることのない髪の、さらさらとした指通りが心地良い。
毒櫛を滑らせながら口付けるような穢れた所業は実に呪術的だ。


「好きなんだ」


呟く程に淋しさが増していく。
寂しいこと、馬鹿なこと、子どもにだって理解出来るしちゃいけないことだと知っているが、それでも止められない。

お前は今何の夢を見てるんだ?
その夢にオレはいるか?
お前の隣は変わらずにオレのモノか?

止め処なく虚しいことを考えながら、柔らかい白磁の頬に触れる。染み一つ無い肌の、ふにふにとした弾力が愛らしい。幼子のような寝顔が愛おしい。


「すまん、好きになってすまん」


傍に居たい。
どんなに愛が実らなくとも、情けなくとも、寂しくとも、傍に居たい、護りたい、愛したい。声など届かなくてもいい。ただ、幼い愛だけを捧げ続けたい。その為に必要な穢れた勇気を得る為に愚かな口付けが欲しい。
毒林檎を口に含んだまま口付けるような愚かな所業は実に禁忌だ。


「好きだ、好き」


呟いた言葉は自身以外の誰にも聞こえない、何処までも閉じた愛の衝動。


「古市が…、好きだ」
「なぁ、」
 

何処までも閉じた愛の衝動は、脆くて幼くて、虚ろなだけの言の葉で、永遠に繰り返されるだけのはずだった。ただ愛おしいモノの傍に居続ける為の、穢れた勇気を得る為の、一方的な愛の押し売りのはずだった。
それだと言うのに、唐突に、


眼が合った。


眠っていると思い込んでいた手前、突然のことに身体が固まって、ちっとも動かない。そんな中、心臓だけが厭に早い。喧嘩慣れしているとは思えない程、身体は動かないし鼓動が煩い。馬鹿みたいに煩い鼓動を感じながら、鼈甲飴みたいな、紅茶みたいな、そんな淡くて優しい色をした瞳が煌めいてすごく綺麗だと、やはり馬鹿みたいにそれだけを思っていた。

幼い言葉で表すのならば大好きな、覚え立ての言葉で表すのならば愛している、世界にたった一人だけの愛の対象は、何でも知っているみたいに、真っ直ぐな眼差しと共に無邪気に微笑んだ。





「罪深いのは、どっちだ?」









問いを投げ掛ける目覚めたての眠り姫の弧を描く唇に、初めての愛を落とした。





















 

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ