人間って空を飛びたがる生き物、らしい。要は無い物ねだりってだけのことなんだろうけど、まぁ、そんな事は別にどうだっていい。
今、目の前で人間が飛んでるのを見て思っただけだから。





不良が一匹、不良が二匹、不良が三匹、不良が…、
とても眠れそうにはない光景だが、意味もなく数えあげてみた。結果して言えるのは、人間って意外と簡単に空を飛ぶ。

風に舞う緑の葉も、要らなくなって捨てられたゴミも、ペットボトルを伝う水滴も、二酸化炭素を生み出す生物も、何だって、地に墜ちる覚悟さえあれば、空くらい容易に飛べるのだ、と思った。


あっ、というそれは、声にはならなかった。口内が切れた傷みからなどではなく、場違いな気がしていたからだ。何と云うこともなく、自身の領域ではない場にいることを理解しているからだ。
それでも、所詮場違いの人間が出来ることなどないことも理解しているから、赤い血が跳ねて汚れた白いシャツをぼんやりと眺めながら、クリーニングに出さないと、いや、気持ち悪いし捨ててしまおうか、なんて暢気に考えていた。
取り留めのないことをゆるゆると考え始めると、直ぐに影が落ちてきた。


「終わった?」
「おう」


見ればわかるようなことを敢えて尋ねれば、極自然にあっさりとした返答だけがあり、それに一つ頷いて返せば、自然に手が差し出され、数分ぶりに木陰から出ることになった。先程まで数えていた不良は、今は山になっていた。それこそ、どうだっていいことなのだけれど、日常過ぎてなんだか可笑しかった。


自分は、殆ど何もしていない。


喧嘩を売ってきた、と言うよりも日頃の男鹿への鬱憤をぶつけにきた馬鹿な先輩等に少し生意気な口をきいた代償に一発殴られただけだ。あとは直ぐに男鹿が駆けつけてきたから、何もせずに近くの木陰で見学という名の休憩をとっていただけだ。それだけだが、何だか酷く体が空っぽな気がした。渇いている気がした。
その居心地の悪い空虚感を埋める為に、不自然にならない程度に声を張る。


「どっか寄って帰ろ」
「クリーニング屋、か?」


そう真顔で口にした男鹿を相手に機嫌を損ねたりなどしないが、眉間に皺を寄せ、いかにも不機嫌だという表情を作ってやった。仕方ないだろ、本当は一発殴ってやりたいくらいには気分悪いんだから。
けして、不機嫌なわけではない。それでも、当然のことを尋ねられるのには些かの不愉快を感じてしまうものだ。
もう、とうに慣れたけれど。


「、嫌みじゃねぇよ、腹減ったんだ」
「そうかよ、色々悪かったな」
「こんなん直ぐ落ちるよ」
「ちげぇよ」
「じゃ、何?」


伸ばされた手は殴られた左頬を掠めるようにして、頭を撫でた。それから少しだけ乱暴に髪を綯い交ぜられた。節ばった指が厭に心地良い。


「…、帰るの遅くなっただろ」
「そんなにかかってねぇよ」
「そうか」


そんな眼をしないでくれ、と思う。オレの喧嘩が弱いことは仕方がないことなのだ。男鹿がすることだから、オレには要らないことだから。オレには必要ない。男鹿だってそんなこと解っているはずなのに、馬鹿だな。
でも、野暮を口にしそうになる不器用な男鹿をオレは注意しなくていい。する必要がない。男鹿が素直で真っ直ぐで馬鹿な代わりに、オレが嘘吐きで偽善的で賢いからだ。注意なんか要らない。必要ない。


全部全部、全部、そうなんだ。


年齢の割に長身で目付き最悪、凶悪面の男鹿だけど、見た目がそんな強面で短ランなだけで意外と中身は普通なんだ。喧嘩が最強過ぎるっていう中身がおかしいだけなんだ、男鹿という人間は。オレはその逆。
年齢通りの少し軽い思考に必要なだけの常識と少し多めの知識を詰めて、レンジで三分の凡庸な人間性なのに、銀髪の色白びしょーねんのオレは中身がおかしくて、男鹿と危ういバランスで保たれている。



二人とも正反対におかしいから、オレ達は欠けを補って生きている。一人じゃ当たり前の価値を持つ人間にもなれやしない。

互いがいなくちゃ、呼吸も出来ない。





英雄は英雄になんてなりたくなかったから、唯のオレが愚かになるしかなかったんだ。(オレが一つ階級堕ち。そうしたら、英雄も一つ階級堕ちして唯の人。


(そして、二人は唯の人)


「オレは死んでも、離さないからな」





愚かで寂しい誰かの、白黒の声がした。






















 

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ