「古市がキスしてくれますようにぃぃぃぃぃっ」


何処かの馬鹿が馬鹿デカい声で叫んだ。恥を知れ。















「お前は馬鹿か、今出来るのは皆既日食の観測だから。つか流れ星だとして、そんなんじゃ三回言えないだろ」


馬鹿とは愚かなことをいう。社会的常識に欠けていること、愚、にはまる人間をいう。取るに足りないつまらないこと、無益なこと、とんでもないこと、役に立たないことも馬鹿と言う。つまり、どれを取ってもこの目の前の男を表現するに非常に的確な言葉と言えるだろう。オレは軽く死んだ眼で深く息を吐いた。

全ては今朝、偶々耳にした皆既日食のニュースに見たいな、アイツも見るかな、なんて考えたのが始まりだった。自分は元々天体観測なんかの、見ることで自然を愛でる行為というものが存外好きだったりする。当然、皆既日食なんてちょっとしたイベントには他人からはわからないだろうが、胸が躍ってしまったりしている性質の人間だ。しかし、胸が躍っていたから、等という幼い理由で馬鹿な幼なじみを誘っておきながら溜め息を吐き続ける俺の現在の状況を、浮かれていたのだから自業自得、なんて誰も一方的には責められやしないだろう。対象が更に上をゆく馬鹿だからだ。
むしろ、天体観測なんて高尚なことが、この馬鹿にまともに味わえるわけもないだろうに、誘ってしまった俺の馬鹿さ加減には俺自身が呆れてしまう。


「さ、三回分だったろうが」
「三回分って…、本当に馬鹿」

 
悩ませていた頭が更に重くなる。常々思わずにはいられなかったのだが、この男にはこの世界の常識の何もかもが無駄なのかもしれない。全てが全て規格外で、その言動は幼少期よりずっと見てきたはずだけど、型にはまっていることの方が少なかったように思う。そう、この男に限っては常識なんて考えるだけ無駄なことなのだろう。
それだというのに、流れ星に三回なんて非現実的な常識だけは信じているときた。そんな所でさえもまた型破り、ということなのだろう。何とも虚しい思いが沸き上がるのだが、確かに付き合い始めて半年を迎えようとしているのにキス一つ無しは馬鹿としてはよく我慢したと言っていい気がする。何より、この男は正式に付き合う前の片想い歴が長いらしいから、おそらく手を繋ぐなんていう幼い頃に散々やり尽くしてしまった程度ことでは胸の傷んだ部分を癒すには少し足りなくて、いきなりのこの発言に至ってしまったのも仕方がないと言ってやるべきなのかもしれない。何より、本人を前にしている時点で無意味に近いが、星に願うなんて、なかなかの謙虚さだ。

よし、いいだろう。その型破りもまた受け止めてやろうじゃないか。今更のことだからな。


「きみキスきみキスきみキス」
「、は?」


馬鹿な男の胸倉を掴んで引き寄せて、それから自己流のおまじないを一つ、小さくリップ音が鳴った。なんたる間抜け面なのだろうか。


「帰るか」


呆けている馬鹿に背を向けて、さも何事も無かったかのようにゆったりと歩き出す。いつもと違う帰り道、いつもと違う立ち位置、いつもと違う距離、何時からか変わった関係はこの先どんな風に変わっていくのだろうか。
大分遅れて地を蹴る音がした。背後ではおい、なんて焦ったような間抜けな声も聞こえている。そうだな、お前もオレもそんなに器用な方じゃないから、とりあえずは目先の変化に目を向けようか。

では、本当に馬鹿な幼なじみ君、君にはオレの行動の真意が読み取れたかね。読み取れたというのならば、行動して見せ給え、採点して差し上げましょう。













お前がオレに追い付いたら今度はお返しに、お前からのキスが欲しい。





















 

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