※ヘタレ男鹿
 性表現有









若いと邪な夢をみたりする。
それは将来を見据えた些か無謀な野望だったり、目覚めを左右する馬鹿馬鹿しいことだったりするわけだが、大半は想いを寄せる人のあられもない姿だったりするわけだ。若さってそういうことだ。些か馬鹿なことなんだよ、若さってやつは。


「…、古市、可愛かったな」


夢中での幼なじみは、ふにゃ、とか聞こえてきそうな柔らかい微笑みで、妙に熱い視線で、何度も何度もオレの名前を呼んでいた。その様は、堪らなく愛らしくて、煌めいていて、何だかよくわからないくらい熱い何かが胸のあたりを灼いた。

そう、可愛いかったのだ。夢中に現れた、一糸纏わぬ同性の幼なじみの艶っぽい微笑みが。

思い出すと後頭部やら頬やら首やら、何やら身体がじわじわと熱くて堪らない。ただ、無闇に心臓が高鳴る。


「…いや、だから、可愛かったんだって」


その呟きは何処までも真実で、馬鹿な夢をみた言い訳になることはなかった。















「男鹿、昼だぞ、昼」


いつも通りの誘いが厭に気恥ずかしく感じられるのは、昨夜の夢のせいだろう。今朝から何となく意識しているせいだろう。今日は心底学校に来たくなかった。
しかし、顔が直視出来ないだろうことが予想された為にサボりを決断したオレは、乳女から制裁を受けた。乳女はベル坊の健全な発育に害があるとかで制裁したらしいが、オレは何もしていない。オレは全く悪くない。今まで机に突っ伏して過ごしていたのだって正当防衛だ。


「聞いてんのか、昼だぞ、ひ、る」


少し黙ろうか、古市くん。その姿勢も止めようか、古市くん。
本人にその気はないのだろうが、机に手をついて覗き込んでくるその姿勢は胸元が見えてヤバい感じになっている。おそらくオレ限定だが、非常にヤバい状態になっている。鎖骨の魅力的なモノを全面に押し出して来ないでほしい。
古市は制服をあまり派手に着崩したりしないが、適度に緩い着方をしているから服を着ていると体の線が分かり難い。それでも女受けする顔に合った細みだとはわかる。背の割に、ひょろりと細く力無い手足が伸び、お世辞にも男らしいとは言い難い、肉付きのよろしくない身体をしている。そんな所も可愛いとか思ったりするのだけれども、今日は可愛いと同時に何か込み上げてくるものがあるので遠慮してほしい。


「オレはお前と違って喧嘩しねぇもん」
「、…だよなぁ」


肉が足りないと言えば、自分が普通で喧嘩をするオレの体格が良いだけだ、と不服そうに返されたので聞き流しておく。本人は勿論、オレも古市には喧嘩なんてしてほしくないと思っているからだ。同じことを考えている以上、話を拗らせる気はない。













結局、どうしようもない程浮ついて一日を過ごした。帰り道、隣は見ない。視界の端で微かにちらつく銀糸に、見たら負けだと思い黙々と足を動かした。


「…男鹿さ、調子悪かったりする?」


額を合わせて、なんて最近見ない光景だ。漸くの別路かと思えば、急に服の袖を引いて、そんな可愛いことを仕掛けられるなんて誰が予想しただろうか。勢いでキスしたろか、とか考えた自分が気持ち悪い。いっそ死んでくれ。


「熱はなさそうだけどなんか、お前今日変だぞ。いや、うん…、男鹿はいつも可笑しいけどな」


いつもは余計だが、今日の俺は反論出来はしない。確かに不審な行動をしていたに違いないからだ。しかし、その不審な行動は全て現在俺の不審を指摘する奴のせいだということも間違いない。いっそのことお前のせいだ、と言ってやりたい。


「まぁ、馬鹿だって風邪くらいひく時ゃひくよな、とりあえず寄ってけよ。体温計持ってきてやるから」
「、おぅ」


世話好き、というよりも、世話が得意な古市は珍しく病人扱いをしようとしてか、ぐいぐいと部屋に連れ込み寝ているようにと命令し、それから階下に急いで降りて行った。まさか女が出来る度にこんなことしてんじゃねぇだろうな、と少しだけ疑ったのは秘密だ。

どこも悪くないのに気を遣われるというのは、何ともなしに居心地が悪い。騙してるみたいだ。
だからと言って、今更、何ともないとは言い出し辛い。ここは場を納める為にも大人しくしておくべきだろう。
場を納めるなどという堅苦しい言葉を自分が体験することになるとは思わなかったが…、場を納める、いや、何か違う気もするな。違う気はするが、いくら考えてもわからないだろうし、もう止めておくことにする。

どうすることも出来ないなら無駄はしまい、と素直にベッドにもぐった。





…当然ながら、古市の匂いがする。背中の方から抱き締めたりすると感じる古市の持つ空気的な、うん、そういう感じがする。
そのせいで、あらぬ所が熱くなってきた。非常に不味い状態だ。不味いが、コレはどうすりゃいいんだ。変態みたいだ。やはり帰るしか選択肢はない気がしているのだが何と言って帰ろうか、なんて考えていた間に足早に階段を上る音が聞こえてきてしまった。咄嗟にタオルケットで押さえた。

古市は本気で病人扱いをしようとしているらしく、体温計の他にも定番のスポーツ飲料やタオルなんかを一セットに持ってきていた。面倒がる割に世話が得意なせいか、古市は意外と心配性だ。それとも、心配性だから世話が得意になったのだろうか。


「…、古市?」


心配と共に、看病というイベントを半ば面白がっている為だったのだろう穏やかな口元の微笑みが、急に歪んだ。からかいの時のソレの笑みに。


「…、古市くん?」
「見たんだ?」


にやりと、悪戯な笑みのままベッドの下から取り出したのは、定番の疚しさ一杯の際疾い本だ。
うん、古市君も男の子だもんな。持ってるなら持ってても、まぁ、構わないさ。お兄様だって責めたりしませんよ。ただ、その上から目線的な訳知り顔を止めてくれないだろうか。非常に虚しいというか、気恥ずかしいというか、とりあえず男心は複雑なのだ。一発殴ってやろうか。


「体調悪いってソッチ系だったりするのか?貸してやるから抜けば?」
「っ、ば、馬鹿言うなっ」


そんなあからさまな態度してんじゃねぇよ、と機嫌良くからからと笑う古市は可愛くない。笑顔自体は可愛いけれど、根性が可愛くない。古市のくせにからかってんじゃねぇよ。


「んな真っ赤になって。もう軽く勃ってんじゃん、アバレオーガも人の子だな」


からかいがてらに掠めるように撫でられ、思わずびくりと身体を跳ねさせれば、既に熱くなっている顔が更に熱くなった気がした。頭も熱くて鈍く痛い。


「…なに、マジでおさまんない感じ?誰もいねぇし、トイレいく?」


平生とは違う様子に気付いたらしく、驚きつつも促される。アレも溜め過ぎると盲腸並みの腹痛になるっていうし無理すんな、とか何だかまだ気を遣って声を掛けてきているみたいだが、もうわからん。頭の中が厭にドロドロした何かが詰め込まれて発熱しているような感じがする。


「だ、」
「ん?」
「だ、だ抱き、抱き、締めても、いいよ、な?」
 

上手く回らない頭が弾き出した言葉は案の定、馬鹿丸出しだった。非常に不味いとかいう所の話ではない。何言っちゃってるんだコイツは、頭大丈夫か、と尋ねたいのだろう疑いの眼差しが痛過ぎる。何を疑われているのかだなんて考えたくない。


「…、んだよ。男抱き締めりゃ萎えるってか?メンドーな奴だな」


古市が阿呆で良かった。考えてはみたものの、特に意味のない言動と受け止められたらしい。本当に良かっ


「どうだ、いけそう?」


古市の阿呆。理性の生物、人間が阿呆で良いわけがなかった。
恐らくは古市が考える「萎える」だろう体勢を迷い無く取らされたのだが、真正面から思い切り密着した状態で、唇が触れる程近くで話し掛けて来る阿呆に特に企てがあるようには見えない。恐るべし、阿呆の子、古市。足も腕も何もかもが絡み合い、密着以外の言葉では表せない体勢は、今の俺には最も回避すべきものだ。これが古市じゃなく行きずりの人間ならば、行きずりの何かだったならば、魔界の生物だったならば、と思考は明らかに逃避を開始している。いや、この調子でいけば大丈夫だ。心頭滅却すれば云々というヤツだ。無心になれ、余計な思考を捨てろ、煩悩よ消えろ。


「男、鹿?」


正月ですら考えたことのないような理性的な願いは脆くも崩れ去った。
甘い吐息が掠めた瞬間、身体が厭に大きく痙攣した。意図しない痙攣、つまり、そういうことだ。


「…、オレの馬鹿」
「何が?」


生まれてこの方感じたことのないような酷い自己嫌悪に身体が一気に冷めた。むしろ、この状況を古市に理解してほしくなくて背筋が冷える。想い人に知られたくなさ過ぎる人生最大の不祥事だ。情けなさ過ぎて目頭が熱くなる。


「男鹿、えと…、萎え過ぎたか?」


気持ち悪過ぎたか、悪気は無かったんだぞ、と俺の表情を窺おうとする古市を半ば強引に押しやった。複雑な男心は実に居たたまれないのだ。


「俺、帰るわ」
「は?」
「うん、帰る」


何だか何も考えたくない。いろんな意味でダメな気がした。この情けない状況ではどんな行動さえも不正解な気がして、逃げを選択した俺を誰も責められはしまい。帰ろう、今すぐに、と俺は起き上がった。

















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