暑くも寒くもない肌に纏わりつく、季節の変わり目に息づく空気に煩わしい喧騒が混じり合い、不快を訴えていた脳髄が涼しい風が過ぎて行ったおかげで少しだけ楽になった。感傷的な心を置き去りにして、少しだけ楽になった。

赤い喧騒
緑のフェンス
青い空
白いコンクリート

黒い男

昔から自分に執着心を持つ人間が嫌いだった。「古市貴之」とお友達ごっこがしたいだけの連中はみんな馬鹿だと思う。馬鹿と付き合うのは疲れる。だから、男は面倒だ。女の子がいい。女の子は自分自身に執着心があることを前提にオレに執着心を抱く。愛を傾けた他人は大切、でもそれ以前に自分自身は当然大切と決まっているのだ。女の子のそういう純粋に打算的な所が好きだ。すごく可愛いと思う。男の本能は御上品に無欲ぶっていて実に醜い。

黄色いお喋り
茶色のグラウンド
紫の落書き
オレンジジュース

黒い男


飲み込んだパンが喉に残っているような感覚がする。今日は調子が悪い。アイツ早く喧嘩終わって帰って来ないかな。飲み物買って来て欲しい。今度は昼ドラみたいにドロドロした甘いヤツが飲みたい気分だ。


「秋なのに炭酸なんか飲まなきゃ良かったなぁ」
「炭酸は何時飲んでもいいんじゃない?」
「…、こんにちは」
「こんにちは」


老若男女に人気製造業者のオレンジ味の微炭酸に文句を付けた報いか、平生は不良様が一切来ない屋上に立派な不良様がいらっしゃった。確か神崎の所にいた夏目さんだ。何か用ですか、と億劫丸出しで尋ねると何故か微笑まれた。


「男鹿ちゃんならまだ二階にいたよ」
「…、ダンジョン制覇しないと来ませんからね」


言葉ってのは受け取って、投げ返すのが基本じゃなかっただろうか、なんて常識が通じる石矢魔でも男でもないことくらい理解っている。会話をする気がなさそうな相手に億劫という言葉が胸に積まれていき、胃薬がないと凭れてしまいそうな程、億劫が溜まっていく。
しかし、胃薬はない。馬鹿の帰りを早く早く、と待つしかない。自分が魔王の親のくせに、ポジションはすっかり勇者で、雑魚キャラを倒しながら屋上に向かって来ているだろう馬鹿を待つことしか出来ない。


「屋上がクリアなの?」
「そうだと思いますよ、アイテム貰えますから」
 

話しかけないでくれ、出来るのならば何処かへ行ってくれ、と願いながらも揉め事は好かないので、男鹿の分のパンを見せつつ答えた。また崩れぬ微笑みを向けられる。


「お姫様もいるしね」
「、いませんけど?」
「いるじゃない」
「夏目さん、お姫様願望あるんですか?」
「古市ちゃんだよ」
「名前知ってらっしゃったんですね」
「下は知らないケド」
「知らないでいて下さって嬉しいです」


今日は機嫌が悪いんだね、とそこまで話して億劫では済まないと気付いた。コレは明らかに嫌いな人種だ。執着心がだだ洩れの穢らわしい人種に違いない。


「アイテムなんてすることないですからね、何時でもこんな感じですよ」
「そんな言い方すると君、男鹿ちゃんの財布みたいに聞こえるよ」
「まぁ、遠くはないですよ」


なんて面倒な人種なのだろう。オレは嫌悪しているからこそ理解っているのだ。コレが次に発するであろう言葉も、取るであろう態度も、全ての起こり得る逃げ場のない嫌悪を理解っている。


「自棄になってたりする?」
「まさか、自棄になれることなんてないですよ」
「やっぱり古市ちゃんはお姫様だと思うケド」


煩わしい。不愉快だ。穢らわしい。気持ちが悪い。
しかし、己を鎮めてはいけない。他の人間ならその選択でも構わないが、この人種においては通用しない手だと理解して尚、口をつぐむ意味がない。この人種には同じ人種なのだと理解らせなくてはならない。


「何もしないで口をつぐんでいても、幼なじみだからって助けてもらえるからですか?」
「違うよ」
「じゃぁ、何ですか?」
「今日はやけに多弁だね」
「夏目さんが難しいことを言うからじゃないですか?」


同じ人種だと理解らせれば、後は簡単だ。


「君が思うことよりは、ずっと簡単なことだよ」


広がる沈黙が心地良い。存在ごと消せたらもっと心地良いだろうが、無駄な事はしない。それに、夏目さんの瞳は同胞に相応しく何処か遠くを見ていて、何だか酷くどうでも良かった。

この流れに沿うだけの性格が持ち込む様々な厄介事には慣れてしまった。もう、十五歳だ。十五年経ったのだ。正確に数えれば十年と少し、されど十年だ。もう引き返す事を容易に視野に入れられる程甘い歳月ではない。もう引き返す為の機会は訪れないだろうし、例え訪れたとして、
 

「今度は何を、考えてるの?」
「…、どうしようもないことですよ」
「例えば?」
「仄暗い道に捨てられた猫みたいなことです」


猫の通う其処は赤い喧騒が満ちていて、緑のフェンスに囲まれた狭くて青い空を白いコンクリートに座って眺めながら、黒い男を待つだけの世界だ。


「…、例えば?」
「例えば、そう…、例えば、」


黄色いお喋りが行き交い、茶色のグラウンドに変色気味の紫の落書きしか読み取れる物がない場所でオレンジジュースを飲みながら、黒い男を待っている。


「貴方もオレも…、男鹿も他人だってことだとか」


何処までも真実しか追えない人種の上に、御上品に無欲ぶっているしか出来ない男だなんて最低だ。煩わしくて不愉快で穢らわしい上に、気持ちが悪い。透明な執着心は幼稚なセロハンテープみたいだったならば良かった。捨てるのに楽だ。


「よし、古市ちゃんが偶然不思議な出遭いをして戦隊ヒーローの一員になる事があったら、ロシアンブルー、って呼んであげるね」
「…それ、猫の品種じゃありませんでした?」
「うん、可愛いよ」


もう引き返せない。歳月を重ねればセロハンテープも容易には剥がせない。剥がすくらいなら貼ってしまった物ごと捨てた方が楽だ。つまり、引き返せない。


「なりませんよ。弱いですもん、オレ」
「そっか」


昼休みが終わりそうだけど、アイテムはどうするべきか。勇者はまだやって来ない。












寂しい、と助けて、と
叫ぶには、もう遅過ぎた





















 

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