君と笑い合う日々
□キスしても良いですか
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譜面に書かれた最後の一音を奏でると、伸びやかなチェロの音色は徐々に空気に溶け、優しい余韻だけが僕の中に残った。
ほっ と息をついて弓を持つ腕を下ろす。
ふと窓の外を見て、香穂先輩の事を考えた。
確か昼休みに届いた先輩からのメールには『明日小テストがあるから今日の放課後は図書室に居るね』と、そう書いてあった。
時刻は16時半を回ったばかり。まだ先輩は図書室にいるはずだ。
(僕も、行こうかな……)
先輩に逢いたい。
もっと一緒に居たら、今夜はもっと良い音を奏でる事ができる気がするし――そう心を弾ませながらチェロを片付けて、荷物を持って図書室へと向かった。
目的地に着き、香穂先輩の姿を捜して室内を彷徨う。
そしてある一角に、背伸びをして本を取ろうとしている普通科の女子生徒を見付けて、ゆっくりと近づいた。
「うー……もう、ちょっと……なのに……!」
それは紛れもなく香穂先輩で、一生懸命な姿につい頬を緩めた。
彼女の背後に立ち、先輩が求めているであろう本を一冊引き抜いた。
「先輩、どうぞ」
「あ、ありがとう! ――って、え、桂一くん?」
「はい、僕です……先輩と一緒に居たくて来ちゃいました。僕も先輩と同じテーブルで勉強しても良いですか」
僕がそう尋ねると、先輩の瞳がキラキラと輝いた。
「も、もちろん! 大歓迎だよっ。あまり学校で桂一くんと一緒に勉強する機会がないから嬉しいな」
僕から受け取った本を抱き締めながら、先輩は笑う。
ふと、視線を僕の目に合わせようとして、先輩は何かに気付いたように言った。
「……そういえば、桂一くん、また背伸びた? 夏休みの頃より更に伸びた気がする」
「はい……一回成長が止まったんですけど、ここ1ヶ月で急に3cm伸びてしまって。だから最近、伸び過ぎたせいで困っている事があるんです」
「なになに、服のサイズが合わないとか筋肉痛酷いとか?」
「いえ、それもありますが、それは一番じゃなくって――」
髪をクルクルと指先に巻き付けながら少し考えて、“困っている事”を実行してみる。
屈み込んで、ちゅ、と先輩の唇にキスをした。
「僕、香穂先輩にキスをしにくくなって困ってるんです」
瞬間、香穂先輩の顔は湯気が出そうなくらい真っ赤になった。
「け……! けけけ桂一くん、こんなとこで駄目!! ……だ、だよっ……」
僕の突然の行動に素っ頓狂な声を上げた先輩は、慌てて口元を押さえて、周りをキョロキョロと見渡していた。
幸いにも周りに人が居ない事を確認すると、彼女は安堵の溜め息を吐く。
僕は、そんな焦る先輩がとても可愛くて、そっと先輩の頬に手を添えた。
「駄目、なんて言わないでください。香穂先輩が大好きでしかたがないんです……だから、先輩。もう一度ここでキスしても良いですか?」
「え、ええ……っっ!?」
「やっぱり――駄目、ですか?」
そう聞きながらも、先輩に顔を近付けて、あと数cmで触れ合えるところまで迫る。
「え、と、あの、けいいち、くん……ち、近っ…………!」
隠しきれないほどの動揺を僕に見せた後、先輩は覚悟を決めたようにギュッと固く瞳を閉じた。
きっとこれは『しても良い』という合図だろう。
僕は恥ずかしがる先輩に、もう一度だけ優しいキスをして。
「香穂先輩――大好きです」
他の誰にも見せない笑顔を浮かべて、先輩の身体をぎゅうっと強く抱きしめた。
+Fin+
(2013.06.16)