お話(二次)

□望みと逃避
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「…ミュート…、おまえはミュートなの?」
小さく尋ねると、レドナはすぐにおかしそうに笑った。
「だったらどうなんだ。この期に及んでおともだちの心配をするのか?」
側にいたことで、マーシュにはレドナの瞳に一瞬走った動揺が見えた。
自分と同じ目だ、と思う。
ミュートの昏い目を知っている。それは鏡の中の自分と同じ目だった。
レドナは、ミュートや――自分と同じ目をしている。
しかしレドナの発した冷やかな声が、そんな思考に沈むマーシュを現実へと引き戻した。
「…自分の気持ちを偽り続けても、本当の心を見せつけられても、あくまで良い子でいるつもりなんだな」
「ボクはそんな…」
つもりじゃない、と言いかけたとき、視界の端を掠めた銀色の残像を認めたマーシュは咄嗟に後ろに飛びすさった。
訪れるであろう衝撃を和らげるべく手を着いて、少し離れた位置にいるレドナを見上げると、彼は剣をマーシュめがけて鋭く突き入れるところだった。
駄目だ、やられる。
目を瞑ることすら出来ない、――
「…!」
予想された痛みはない。
代わりに身体を押さえつけてくる重みと、喉元に当てられたひんやりとした感触があった。
マーシュは、身体の上に跨って剣を突き付けてくるレドナを見上げる。
表情はない。ただ菫色の瞳だけが、まっすぐにこちらを見降ろして光っていた。
「不愉快だよ。優等生」
「…レドナ、……ぐっ!」
喉元に突き付けられていた剣がレドナの手を離れ、乾いた音を立てて地面に落ちた。マーシュが安心する暇もなく、レドナの左手が首を締め付けてくる。
「いい加減認めたらどうなんだ?…お前の中には、お前が気づいていない、…いや、意識しようとしていない望みがまだまだある」
レドナの言わんとしているところが、マーシュにはわからなかった。
「教えてやるよ。お前は良い子なんかじゃない、マーシュ・ラディウユ」
呼吸を圧迫していた左手がす、と離れていく。
同時に、レドナはマーシュの服の襟を乱暴に割った。
「レ…何を…!」
「知らないなんて言わせないよ」
レドナの身体を引き剥がそうともがくと、首筋に噛み付かれた。抵抗するはずだった両手が空しく宙を掴む。
噛まれたところの皮膚が軽く破けたのか、じわりと痛んだ。熱を持つそこへ、暖かな何かが触れる。
言葉と裏腹に傷口に優しく触れてくる舌に気付いたときには、マーシュにはレドナの意図が理解出来てしまっていた。
「どうしてこんなこと…、やめろ!」
マーシュの言葉に答えるべく顔を上げたレドナの薄い唇は、滲んだ血に濡れて赤く光っていた。
見てはいけないものを見ているようで、マーシュは顔を背ける。
「お前の本当の望みの、ひとつの形だよ」
「嘘だ、ボクはこんなの望んでない!離れろよ…っ」
「うるさいな」
今度はまた噛まれたのか、鋭い痛みが首筋に走る。
レドナの手は緩慢に服の上をなぞってマーシュの下肢にたどり着くと、知らず熱を帯びていたところへと触れた。
こんなふうに人に触れさせたことなどない場所なのに、彼はそんなマーシュの戸惑いなど知らぬ気にいっそ淡々と
輪郭をなぞる。
経験したことのない羞恥に、マーシュの頬を涙が濡らした。
抵抗したいのに、身体に力が入らない。自分は本気で抗おうなどと思っていないのではないかと、一瞬そう思ってしまった。
そんなつもりはないと言った唇から漏らす吐息は、隠し得ない艶を含んでいる。
「…う、…ぁ…」
レドナの冷たい手に苛まれながら、自分のものとは思えない声を聞いた。
悔しいのか悲しいのかさえわからない。
すがるものを求めた手は空しく地面を這うばかりだ。声をあげるのが嫌で自らの手の甲をきつく噛んだ。
「望まないなんて言っておいて…この有様だ」
「…おまえが…っ、あ…!」
マーシュが刺激に堪えきれずにみじかく仰け反るのを見て、手を休めることはしないまま、ふふ、と楽しそうにレドナが笑う。
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