お話(二次)

□望みと逃避
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頭の中に鉛でも入っているかのようだ。
目の前に立つ少年の声が、どこか遠くから聞こえているような錯覚を覚える。
レドナに踏みつけられた肩が鈍く疼いていたけれど、今は傷つけられた身体の痛みも遠のいていくようだった。
投げつけられる言葉が与える言い知れぬ苦痛に比べれば、そんなものはなんでもないのかもしれない。
それまで嘲るようにマーシュをなじっていたレドナが、ふと声をひそめた。
「…でも、まだ言ってないことがあるよな」
「…っ」
なおも言い募ろうとするレドナを遮る力など、もはやマーシュには残されていない。
弟への隠しきれない嫉妬、――「健康で、良い子の兄」を顧みようとしない父親と母親とに、少しでも自分の方を向いてほしいだけだった。
ただそれだけなのに。
それを自覚していなかったとは、今はもう言えない。そんなことは許されない。
かつて雪の田舎町イヴァリースで、与えられた境遇を改善しようともせず暮らしていた頃の自分と、異世界で見も知らぬ同じ年頃の少年に、そんな弱さを指摘されて震えるしか術のない今の自分と、一体何が違うというのだろう。
窺うように視線を上げる。残酷な笑みを浮かべるレドナと目が合った。
「本当は」
それ以上言うな――そんなことは、ボクは…
「弟がいなくなっちゃえばいいと思ってたんだよな?」
「やめろ…!」
耐えきれずに目を逸らす。声が震えてしまうのが情けなくて、せめてときつく唇を噛んだ。
「弟がいなければ、パパもママも独り占め出来るって、ずうっと思ってたんだよな…?」
自分が大切にしていたなにかが、小さく音を立てて崩れていく。
「やめろっ――!!」
ひとしきり楽しげに笑ったあと、さもおかしそうに、少年が言う。
「何がいい子だ!笑っちゃうよなあ」
悔しいと、そう思うのに何も言い返すことが出来ない。
言い返すための言葉をマーシュは一つも持っていなかった。
高らかに、レドナは続ける。
「本当の夢を―望みを!捨てられずに抱えていたのはお前自身だ!」
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