Novel.
□悪魔と半魔のプレリュード
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この島の水はとりあえず飲めるらしい。
水と食料があるおかげで、バージルの心にも少し余裕が出てきた。
長くいるつもりはないが、ここで起こった怪異について調べるとしよう。
上手くいけば、魔界へ拓ける道があるかもしれない。
次の日、バージルは書庫に向かった。
トリッシュはいない。前日の発掘遊びが面白かったのか、彼女はまた海岸に出かけていた。
だから、少しだけ静かなのだ。
――静かすぎるともいうが。
時折聞こえる葉ずれの音を除けば、この島は本当に静かだ。
生命を感じさせない、不気味な静寂。
だがそれでも。
この静寂が、バージルを安心させた。
(これで少しは集中できる…)
昨日、浜辺での探索を終えた後、持ち帰ったものに興味を示したトリッシュは、バージルを質問責めにした。
食料から美術品まで――結局、いくつかの美術品を持ち帰ることにしたらしい――これは何か、と何度も聞いてきた。
(答えるおれも、おれか…)
撥ねつければ良かったのだろうが、純粋に、そして瞳をキラキラさせて聞かれると、なんだか無下にもできなかった。
おかげで昨日はあまり調べられなかった。
だが、ひとつ分かった事がある。
トリッシュは完全な無知ではないということだった。知っているものも少しはある、ということなのだ。
太陽や月、地水火風などの自然のもの、歩く、走るなどの行動は分かるらしい。。
逆に人工的なもの――例えば、本や鏡、家具の類などは知らない。
また、知っていても、その意味が分かっているものは少ないようだ。
だが、コミュニケーションをとるのは絶望的、というわけではないようで。
言葉を選んで答えれば、大丈夫なようだ。
――まぁ、その労力は、普通の会話の何倍もするわけなのだが。
書庫の扉を開ける。少しカビ臭い臭気がバージルの鼻をつく。
部屋に入り、手近のものをなんとなくとってみる。
――ひたり。
(…ん?)
何か物音がした、ような気がした。
バージルは顔をあげて周りを見回してみた。
――何もいない。
見える範囲では。
だが…。
(何かいる…)
それはもう確信に近い。
目を凝らし、耳を澄ませ、何も逃すまいと神経を集中する。
――ひたり。
今度ははっきりと聞こえた。バージルはゆっくりと閻魔刀に手を伸ばす。
――ひたり。
バージルは背後を振り返った。瞬間、黒い影が視界の端を掠める。間違いない、何かいるらしい。
鯉口に指をかける。右手を柄に添えて、いつでも抜けるように体を落とし、再び気配を伺う。
ゆっくり、ゆっくり。回りながら。
――しゃきん!
後方で何かが膨れた。背後を振り返るより早く、バージルは迫ってくる何かをかわすため左に飛ぶ。
右頬を何かが掠めた。
「…っ」
確かに何かいる。そしてそれは、自分に敵意を持っているという事か。
バージルは滲み出た血を指で拭った。
(おもしろい…)
だが、そう何度も喰らうと思うなよ。
「ねぇ、バージル!」
バージルは反射的に、飛び込んできた気配に閻魔刀を向けた。
「……トリッシュ!」
「なに、これ?なにしてるの?」
トリッシュは閻魔刀の刄をちょいちょいとつついた。
自分に向けられている刄を怖がりもせず、興味しんしんと言った感じで眺めている。
「この部屋に何かいるみたいなんだが…」
「何か?
――あら、ポチ。いたの」
トリッシュの視線が天井の方に向けられている。つられてバージルも上を見ると、何かがにゅるんと降ってきた。
一度床にべちゃっと潰れたかと思うと、にょきっと起きあがり、昨日見た猫悪魔がそこにいた。
「もしかして、バージルと遊んでたの?」
トリッシュの傍に寄って来たポチは、撫でられるのを心地よく感じながら、しかし、バージルを睨んでいるようにも思えた。
≫≫