Novel.
□悪魔と半魔のプレリュード
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バージルは唖然とした。
あまりにも返事がないので、トリッシュは“ソレ”を海中からひきあげたのだ。彼女が声をかけていたモノ。
それは人間ではなく――
「この人、死んでるのかしら?」
(いや、それ以前にそれは人間ではない…)
――確かに人間だけど。
ため息がもれた。疲れたように感じたのは気のせいじゃないと思う。
「トリッシュ、それは…生きてもないし死んでもいない」
「でも人間でしょう?」
「そうだが…それは、“絵”という物だ」
「絵?」
そう。
彼女は、絵の中の人間に向かって声をかけていたのだ。
「絵って何?」
「城にも、いくつか同じものがあっただろう」
「ふぅん」
トリッシュは額縁を上にかざし、首をかしげる。くるっと裏返してみて、何かに気づいたように顔色が変わった。
「そうね。バージルはこんなに薄くないものね」
(…薄く?)
どういう解釈をしたんだ。
バージルは苦笑した。
「これ、どうしよう?」
「お前が見つけたのだから好きにすればいい」
「うーん…。
いいや。いらない」
と、投げ捨てる。青いターバンの少女の絵は、海中へ沈んでいった。
――ふと。
(あれはヨーロッパの美術館にあるはずでは…)
そういえば、ついさっき踏みつけてしまった装飾品は、博物館に飾られていたはず。
(――見なかったことにしよう)
きっとそれがいい。
それが乗り合わせた船の積み荷だったとしても。
「バージル、こんなものもあったわ。なんだかキラキラしてる」
トリッシュがまた何か見つけたようで。
それを見たバージルはドッと疲れを感じた。
(――今度は古代帝国の秘宝)
「これは、人間?さっきの絵とは違うみたいだけど」
(――日本の国宝だな)
「何これ!顔だけど、全部ピカピカしてる!それに変な頭!」
(――少年王の黄金のマスク)
美術品窃盗か、あるいは偽物か――。
しかし、こんなところに流れついては無用の長物。魔物達の興味は餌となる人間だけ。
現にトリッシュも、拾っては捨て、拾っては捨て、を繰り返している。
悪魔の前に、文化遺産はあまり意味のないものらしい。
バージルは軽くため息をついた。別の場所を探そうと方向転換。すると――。
「……」
バージルは思わずソレを凝視した。
目の前いるそれは、黒いモヤモヤとしていて、赤いものが二つついている。
「島の悪魔か…?」
ソレは黒いモヤモヤとしたもので猫のような形をしている。赤いものは瞳だろうか?
だが、大きさは半端じゃない。猫というより獅子だ。
「あら。どうしたの、ポチ?」
トリッシュがこちらに気づいた。しかし、ポチというソレはいったい…?
「ポチ…?」
「その子の名前よ」
――悪魔に名前があるのか!?
正確には、個体としての名前だが。
ポチと呼ばれたソレは、トリッシュに音もなく走り寄った。
トリッシュに撫でられゴロゴロと鳴くその様は、猫のようだが、感じるその力は確かに魔力だ。
加えて――。
バージルをじっと見据えている、その視線。
(こいつもおれを餌と思ってるのか?)
あの、トカゲ悪魔のように。
「トリッシュ、おれは先に戻る」
「もう、おしまい?じゃあ、私も戻ろうかしら」
バージルの後をついてくるトリッシュ。
それはいい。
「――何故アレもついて来る?」
「いいじゃない。仲良くしてね」
二人の後を猫悪魔はしゅるしゅると付いて来る。
ここはマレット島。悪魔の棲まう島。
何があっても、不思議じゃない――。
≫≫