Novel.

□悪魔と半魔のプレリュード
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人間は順応性が高い生き物だと思う。住めば都、なんて言葉もあるくらいだから。
あり得ない、と思ってた事も『ここは悪魔の巣窟だから』という説明で納得してしまう。
かく言う自分も、少しは慣れたつもりでいた。だが――。



「これ何?」

「食料…食べ物だ。人間のな」



難破した船を調べてみたら、思った通り食料が出てきた。保存が効くように、とほとんどが缶詰物ばかりだが、腹さえ膨れれば文句はない。

こんなものを見たこともさわったこともないであろうトリッシュは、缶詰の一つを手に取りしげしげと眺めていた。



「この前のウニとは違うわね」

「だが、これも食べ物なんだ」

「ふーん」



――と。
おもむろにトリッシュはそれに噛みついてみた。





缶詰に。



「…そのままでは食えないぞ」

「そうなのね」



トリッシュは悔しそうに缶詰を離した。
バージルはこっそりとため息をついた。

――食べ物も知らないか…。


人あらざる者だとしても世界は知っているだろうという、バージルのわずかな期待は、どうやら絶望的らしい。
彼女は知らない事が多すぎる。
物の名前や、言葉。何もかも。


今朝の起きぬけの一言にも驚かされた。

『バージルはどこが美味しいの?』


と、聞かれてしまった。寝ぼけ半分の頭でそれを理解するのに、しばしの時を要してしまった。

その時間がとても長く感じられたのは、たぶん、間違いではない。


慣れたつもりでいた。少しは。
だが、トリッシュの無知さと突飛な行動は、その思いを容易く砕くのだ。


まるで世界に落とされた赤子のようだと思った。

だがそれでも。
彼女はこの辺獄の島で生きている。
魔が巣食うこの島で。
当たり前のように。




食料を保存していた箱から、缶切りを見つけた。バージルは缶詰を開けてみた。

保存食の定番、乾パン。とりあえず、一つ口に放り込んでおく。


ふと、トリッシュの視線を感じた。キラキラとした蒼い目が、バージルを伺っている。



「食ってみるか?」

「ええ」



トリッシュは嬉しそうに答えた。
バージルの手から缶詰を受け取り、中身を一つ取り出す。不思議そうにそれを見て口に放り込んでみた。


――そういえば、味覚はあるのか…?味は分かるのか?
バージルはふとそう思った。



「――この前のウニみたいに、すぐなくならないわね」

「……ちゃんと噛めよ」



なんとなく不安にかられ、そう教える。トリッシュはもごもごと口を動かしだした。噛み砕かれる乾いた音が聞こえた。



「ねぇ、まだこんなの探すの?」

「多ければ多いほどいい」


――あるに越したことはない。

食事など、少しくらい抜いてもどうってことはないが、体を形成する最低限のものは摂取しなければならない。それは、内なる悪魔が目覚めた今でも変わらない。

その事に初めて気づいた時、悔しいような、ホッとしたような不思議な気持だった。
悪魔を欲していた自分と、人間に焦がれてた自分と。


そういえば、昔、一日何も食べずに読者に耽った時期があった。さすがに『あいつ』は心配したらしく、無理矢理ピザを喰わされた記憶がある。



(何してるんだろうな)


――あいつは。

今まで思い出すこともなかったその顔が、ふと浮かぶ。
まぁ、思い出さずとも……。




「バージル!人がいるわ!」



遠くから自分を呼ぶ声がする。トリッシュが何か見つけたらしい。

しかし――人がいる?



(まだ生き残ってた人間がいたのか)


運のいい奴だ。

だが、待っているのは恐怖。
海で死ぬか、喰われて死ぬか。どっちがいいのか。

バージルはトリッシュの傍に寄った。
彼女は浅瀬に立ち波をじっと見ていた。


「生きているのか?」

「いいえ、動かない」



トリッシュは身を屈め、海中に声をかける。



「ねぇ、あなた。何してるの?」



しかし、相手からの応答はない。
もちろんのようだが。


だが、よく島の魔物達に見つからなかったものだ。
ちらっと後ろを盗み見みたら、脱兎の如く駆けて行く魔物達の姿。

バージルは眉を寄せた。漏れる吐息が疲れたように感じる。
まだ、あきらめてなかったのか……?



「ねぇー、何してるの?」




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