頂き物

□マコちゃんユミちゃん
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「しーしーおっ!また病院?」

バスの中で誰かさんに上の名前を呼ばれ、真実ちゃんはムッとしました。大嫌いな剣ちゃんです。

「コラよせ剣心!・・・・・・雅、ちゃんと勉強してるか?」

剣ちゃんを抱っこしているのは、黒い長い髪の、役者さんみたいにきれいな男の人です。雅お姉ちゃんは嬉しそうな顔になりました。

「比古先生!何、剣ちゃんと二人して何処行くん?」

男の人は比古先生と呼ばれました。比古先生は雅お姉ちゃんが通う中学校の美術の先生で、雅お姉ちゃんの担任です。その上世界的有名な陶芸家でもあります。剣ちゃんの遠縁の親戚にあたる人で、剣ちゃんのパパとママがご病気でいっぺんに亡くなられた時から剣ちゃんの親代わりです。

「病院へコイツが幼稚園で怪我させたガキの親に謝罪しに行くんだよ。ったく、コイツは馬鹿で馬鹿で・・・・・・・。」

「まあ、誰を怪我させたん?」

「あのねお姉ちゃん、剣ちゃんと明良ちゃんが、トモちゃんの取り合いして喧嘩したの。明良ちゃん大怪我しちゃった!」

「まあ!人気者やねえ、そのトモちゃんって子!」

「色気づきやがって!まだ六つだろ、このクソガキめ!」

比古先生は溜息をつきます。

 トモちゃんこと雪代巴ちゃんは、由美ちゃんと同じかそれ以上にかわいい女の子ですが、少し性格が暗くて、からだも大きくて大人っぽいために、幼稚園ではいつも怖がられてお友達のいない子でしたが、それでもおませな剣ちゃんと明良ちゃんは、トモちゃんを自分のお嫁さんにしたいと思っていました。おととい、それで喧嘩になって、剣ちゃんのお顔にペケ傷ができて、明良ちゃんも骨を折って入院しています。


これから剣ちゃんと比古先生は、明良ちゃんと、明良ちゃんのパパとママとお兄ちゃんにごめんなさいをしに行くのです。

「比古先生、僕ね、僕ママのお見舞い行くんだよ!」

真実ちゃんが比古先生になついているのは、比古先生がパパの子供の頃からの仲良しで、比古先生の奥様の近さんが、真実ちゃんと雅お姉ちゃんのピアノの先生だからです。真実ちゃんのお家であるホテルグループ志々雄と、この芸術家夫妻は家族ぐるみの仲良しなのでした。

「そうかそうか。剣道やピアノ、稽古の日以外でもちゃんと練習してるか?」

「毎日やってるよ!先生、失礼だね!」

真実ちゃんはぷうっとほっぺを膨らましました。比古先生は笑って、

「そりゃあいい、継続は力なり。」

と言いました。しばらくして、“御剣大学病院前・・・・・・”とアナウンスが聞こえてきます。真実ちゃんと雅お姉ちゃん、比古先生と剣ちゃんは、バスを降りてそれぞれに病院へ向かいました。

「お姉ちゃんから見て近頃の調子はどうだね?」

小児科担当の小国玄斎先生は、先ほどのお注射の痛みに耐えて泣くのを我慢する真実ちゃんに御褒美の可愛いシールをあげると、雅お姉ちゃんに色々と質問をしました。

「食欲はあるかい?幼稚園にはちゃんと行けとるのかね?」

「ええ、近頃はタマネギ以外ならなんでもガッツリいきます。でもその分お菓子食べ過ぎて困っとるんです!・・・・・・えっと、それに去年と比べてだいぶ元気で、幼稚園はもちろん、お稽古ごとも順調やし・・・・・・ほん、小国先生のお蔭ですわ、感謝してもしきれんわ。本当に、ありがとうございます。」

雅お姉ちゃんが明るい笑顔で言うと、
「先生、今年はキャンプや運動会、出ていーい?」

と訊きました。“十五分坊主”の真実ちゃんは、年少さんの時からずっと運動会はお休みでした。みんなが運動会の日に、おうちでじっとしていなければならないのを真実ちゃんはとても淋しく思っていました。


今年は幼稚園最後の年です。年長組には夏休みにサマーキャンプがあります。真実ちゃんは、キャンプだけは絶対に行きたいと願っていました。キャンプへ行けば、お泊りです。いつもよりいっぱい、由美ちゃんとあそべます。ですから、真実ちゃんはキャンプに参加したくて仕方ないのです。

「まあ大丈夫じゃろうて。春先の検査入院の結果もよかったし。」

「ほんと?」

「ああ。じゃあ、処方箋出すから受付で貰ってくるように・・・・・・またおっかさんのお見舞い行くんじゃろう?病棟に連絡するから行っといで。」

玄斎先生がそう言うと、真実ちゃんと雅お姉ちゃんはエレベーターに乗って、病院の中のママのお部屋へ向かいます。

「ママ!」

ママのいる病室は、たいそう広い個室で、ベッドの他にソファーや電話、冷蔵庫まであります。真実ちゃんも何回かこの病院の小児科に入院しましたが、こんなに豪華絢爛なお部屋はママのお部屋以外に見たことがありません。ここは、特に重い病気で長い間入院する人のための、特別室です。

「いらっしゃい、真実、雅。」

長い髪の、優しい顔をした真実ちゃんのママは、真実ちゃんを抱き上げ膝に乗せてくれました。

「雅、真実の身体の方は?」

「元気しとりますよ。」

「・・・・・・剣道始めたゆうけど、大丈夫?危なくないん?」

「真実、剣道大好きですよ!喜んで稽古しとります!」

雅おねえちゃんは得意げに言います。

「ママ!僕、剣道もピアノも大好きだよ!」

真実ちゃんは笑います。

「そう、よかったねぇ・・・・・・。試合や発表会、見にいきたいわ
ぁ・・・・・・。」

「見に来てよママ!早くおうちに帰ってきて!」

真実ちゃんがお返事すると、ママは少し淋しそうに口を開きます。

「もうすぐ、真実のお誕生日やねぇ・・・・・・。」

そう言ってママは溜息をつきました。

「ごめんねぇ。ママ、真実のお誕生日を全然祝ってあげられへんねぇ・・・・・。」

そう言うと、ママはまじめな顔で、

「もう六つになるやろ?もしママがおらんようになっても、淋しがらずに強う生きなあかんよ?」

ママが何を言いたいのか、まだまだ小さい真実ちゃんはわかりませんでした。ただ笑って「はあい。」とお返事するだけでした。

「お姉ちゃん、何で泣いてるの?」

帰りのバスの中で、目を真っ赤にして涙をためている雅お姉ちゃんを見て、真実ちゃんは首をかしげます。

「泣いてへん!」

雅お姉ちゃんは必死に首を振りました。
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