頂き物
□マコちゃんユミちゃん
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「真実ちゃん、もう帰っちゃうのね。」
私立紅蓮幼稚園の教室で、お団子頭の駒形由美ちゃんは、男の子なのにポニーテールをした志々雄真実ちゃんのスモックの袖を引っ張ります。二人は年少さんのころからずっと仲良しでしたが、年長さんになった今でも、幼稚園が終わってからの時間に一緒に遊んだことがありませんでした。
みんなと一緒の時間にバスで帰ってもママやパパがお留守でお出迎えをしてもらえない子たちが御迎えを待つ延長保育のこの時間、クラスのほとんどがお家へ帰り、教室には真実ちゃんと由美ちゃんと、オルガンの蓋にお顔をのっけて居眠りしている高杉先生しかいませんでした。この先生はなぜ幼稚園で働いてるのかわからなくなるぐらいガミガミ屋さんの男の先生で、いつも子供たちに、御自分が大学生のころにお世話になった先生や、その頃やった学生運動(真実ちゃん初め幼稚園の子供たちはそれがどういうものかよくわかりませんでしたが、とりあえず恐ろしいことだということはかろうじてわかりました。)の自慢話ばかりして、おまけにオルガンより三味線やギターの方がお得意だからと、他のクラスの子たちがわらべ歌をオルガンの音にあわせて唄っている時間に、御自分は三味線やギターをかき鳴らしてお年寄りが唄うような御歌を子供たちに唄わせる変わった先生で、子供たちの好き嫌いはかなり別れました。
真実ちゃんと由美ちゃんは高杉先生のお気に入りでしたが、当の真実ちゃんと由美ちゃんはこの変わり者の先生が、嫌いではないけれどちょっぴり苦手で、今日は延長保育の時間になってからずうっと居眠りしていてくれているのでなんとなくホッとしていました。二人は先生の居眠りをいいことに好き勝手に玩具やクレヨンで遊びましたが、もうそろそろ真実ちゃんのお姉さんがお迎えに来ます。もう二人きりの遊びはお開き。寂しくなった由美ちゃんは、一緒に真実ちゃんのお家に上がりたい、そう言いだしました。
「駄目だよ!だって今日は、月曜日でしょ?」
真実ちゃんは小さいお手々を使って曜日を数えます。
「月曜日は病院、火曜日はお姉ちゃんと剣道、水曜日は歯医者さん、金曜日は英語の塾・・・・・・。」
言いかけたとたん、真実ちゃんはぱあっとお顔を輝かせます。
「木曜日なら空いてるよ!おいでよ、あそぼ!」
由美ちゃんはがっかりしました。
「あたし、木曜日はお仕事よ!」
由美ちゃんはまだ幼稚園なのにもうお仕事をしています。モデルさんなのです。いろんな雑誌やポスターを、綺麗なお洋服と素敵な笑顔で飾っています。ごくたまにですが、テレビのコマーシャルにも出ています。
「木曜日と日曜日は撮影。土曜日なら空いてるわよ、あそぼ!あたしを、真実ちゃんちに呼んで!お家どこか、教えなさいよ!」
由美ちゃんがそういうと、真実ちゃんは困り顔。
「僕、土曜日はピアノのお稽古!」
真実ちゃんがそう言うと、二人は一緒にため息をつきました。
「・・・・・・わかった。真実ちゃんって、忙し過ぎね!」
由美ちゃんは哀しそうでした。
「いつも病院行ってるじゃない、終わらないの?」
「うん、だって良くならないんだもん。」
由美ちゃんは、元気で明るい人気者の女の子ですが、真実ちゃんは意地っ張りで甘ったれのわがままな男の子でした。同じクラスの剣ちゃんこと緋村剣心ちゃんと喧嘩ばかりで、いつも怒ったり泣いたりして先生達を困らせて、そのくせ病気がちであまり長い時間お外で遊べません。
剣ちゃんはそんな真実ちゃんをたまに“十五分坊主”と呼んでからかいました。真実ちゃんはお外で駆け回ると十五分もしないうちにくたびれて、お熱を出してお医者様を呼ぶ羽目になるからです。年少組のころそれで何度か入院したときから、剣ちゃんは真実ちゃんをずっとそう呼んでいます。真実ちゃんは負けず嫌いですから、いつか絶対強くなってぶっ飛ばしてやるんだと、そう思っていました。
「まーこーとっ!」
幼稚園の中に、セーラー服を着て、由美ちゃんと同じお団子頭にアイドル顔負けのかわいらしいお顔をした中学生のお姉さんが入ってきました。真実ちゃんのお姉さんである雅(みやび)さんです。
「お姉ちゃん!」
ぱたぱたと、真実ちゃんは雅お姉ちゃんに駆け寄ります。
「病院ヤダ!僕まだ帰んない!」
「何言うとんの!お注射してもらわんとダメやろー?」
雅お姉ちゃんは、真実ちゃんが生まれる前まで京都に住んでいましたから、真実ちゃんと違う言葉でお喋りしました。
真実ちゃんのお家は、元は江戸時代から続く京都の高級旅館で、おじいちゃまの代から東京を拠点にしたホテルグループになりました。真実ちゃんのパパは、真実ちゃんが生まれ、おじいちゃまが亡くなってからこの東京でホテルの偉い人をやっています。ようするに、真実ちゃんは大金持ちのお坊ちゃまなのです。
真実ちゃんのわがままぶりは、大きなお家でパパに甘やかされたせいでした。パパはからだの弱い真実ちゃんが可愛くて仕方なく、ついついべたべたと甘やかしてしまうのでした。雅お姉ちゃんはそんなパパと真実ちゃんを見ていられず、甘ったれながらも強くなりたがっている真実ちゃんにお得意の剣道を叩き込んで、時にはお勉強も教えていました。真実ちゃんはこの才色兼備のお姉ちゃんが大好きでした。
「・・・・・・帰りにママのお見舞い、行かなくていいん?」
雅お姉ちゃんがそう言うと、真実ちゃんは笑顔になります。
「行く!」
真実ちゃんのからだが弱いのはママ譲りでした。真実ちゃんがふたつの頃から、ずっと入院しているのです。ママはもう病院から帰ってこないかも知れませんでした。だから雅お姉ちゃんは、せめてママは無理でも、真実ちゃんを強い子にしたくて仕方ありませんでした。
「ママのお見舞いは行くけど、お注射しには行かない!」
「まーたこん子はそないな事言うて・・・・・・ええ?真実、“弱肉強食”!お注射イヤだなんて言うてる弱虫はいつまでたっても負けっぱなしえ?強なりい!あ、由美ちゃん。」
雅お姉ちゃんは、由美ちゃんの方を向きました。
「由美ちゃんのママ、まだ来おへんの?」
「うん、残業。」
由美ちゃんは雅お姉ちゃんの姿をじいっと見つめていました。きれいでなんでもできる雅お姉ちゃんのことは由美ちゃんも憧れていて、由美ちゃんのお団子頭は、雅お姉ちゃんに憧れるあまりの真似っこでした。
「・・・・・・真実ちゃん、またね。」
由美ちゃんのお顔は哀しそうでした。
―由美ちゃん、淋しいんだ。
真実ちゃんはそう思いながら雅お姉ちゃんに抱っこされて、病院へ向かうためバスに乗りました。