おはなし
□恋する人よ、幸せであれ
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〈2月13日〉
バレンタインのお菓子作りは沖家の毎年の恒例行事。
今年もキッチンからはほんのりチョコレートの香りが漂っている。
あたたかいオレンジの光の中で膨らんでいくのは、ほろ苦いビターチョコのパウンドケーキ。
オーブンを覗き込み、4度目の確認をした一利は、このケーキを渡す相手を想ってこっそり微笑んだ。
「ねぇ、かず?」
「うん?」
「あんたさ、それ、誰にあげるの?」
「へ?」
「だって、去年まではあたしの手伝いが主だったじゃない。それが今年はなんか積極的っていうか、嬉しそうよ?」
「ああっ!あのっ、あれっ!と、友チョコ!西広とかと、交換しようよって、話になって!」
女子に貰えるかわかんないしさ!などとまだ言い訳を続ける弟に、姉はつい噴き出してしまった。
こんなに誤魔化すのが下手な子だったかしら。
「今年はあんま甘くないのがいい!」
だなんて、まさか一利の口から出るとは思っていなかった。
これまでは、
「今年は何すんのー?」
と姉の後をついてくるだけだったのに、あのおとなしい一利に何が起っているのだろう。
「甘くないの」を主張した訴えるような目。
いつも以上にきっちり分量を量り、何度も焼け具合を確かめる真剣さ。
そして、時々こぼれるあの幸せそうな笑み!
ケーキを渡す相手が恋人でなければ何なのか。
「友チョコ」で誤魔化される姉ではない。
「ねぇ、その子可愛い?」
「かわ……?…いやいや。何が?」
「…可愛い感じじゃないんだ。じゃあキレイ系ね?あ、カッコいい系かな?」
「うう…姉ちゃんっ!もういいって!にやけんなっ!」
「あはははは」
我が弟ながら、本当にからかい甲斐がある。
一利がムキになり、姉が笑い声をたてている所に、オーブンが焼き上がりを知らせた。
「ほらかず、焼けたよ」
「もー」
未だふくれっ面の一利がオーブンを開けると、ほわっとあたたかいチョコレートの香りが広がった。
「わあ…できた…!」
一利の想いをたくさん混ぜこんだそのケーキは、型から溢れるようにふっくら盛り上がっている。
なかなか上出来だ。
「喜んでもらえたらいいね」
「うん!」
目を細めて微笑む弟を、姉はとても愛しく思った。
実を言うと、一利が先週末に包装用の袋を買って来たのを、姉は知っている。(用事があって部屋に入ったら机の上のそれが見えただけで、断じて覗いたわけではない。)
やわらかな薄黄色をした不織布の袋。セットになった深い青色のリボンで口を閉じれば、ふわふわと花のように仕上がるのだろう。
緊張に顔を赤くして、でも心からの微笑みで、気持ちを届ける姿が目に浮かぶ。
一利の好きな人が、この想いをしっかり受け止めてくれる人であればいい。
そして、ずっとこの笑顔が続けばいいと、姉は願う。
どうか、どうか
恋する人よ、幸せであれ!
(2009/02/21)