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□花は一生
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「お前はあの頃と何一つ変わらんな」



胡坐をかいた仙蔵が顔を見るなりそう言うので、文次郎は戸を開けたままで、立ち尽くしてしまった。
「……何だ唐突に」
怪訝そうに返すと、戸を閉め、笠と草鞋を脱いで土間を上がり、仙蔵の目の前にどかっと腰を下ろす。
すると、仙蔵は自らの長い髪に指を通しながら、ぽつりぽつりと話した。
「昔の事を思い出していたんだ…学園にいた頃の」
卒業してから、もうどれくらいの年月が経っただろう。
数えるのが億劫になる程昔の事なのに、あの頃の記憶は鮮明で、まるで昨日の事のように思い出せる。
仲間はそれぞれ城に勤めたり、職に就いたり、別の土地に渡ったりと、離れ離れになってしまった。
それでも仙蔵と文次郎はこうしてたまに会い、恋仲のような逢瀬を何年も続けている。
場所は今日のように山奥の古びた空家だったり、町だったり、どこかの店だったり。
好いているなどとは歳を重ねるごとに口にしなくなっていたが、この逢瀬が途切れずに続いているという事は、互いの気持ちが変わっていない証拠だった。
「あの頃のお前は予算、予算とうるさかったな。今でも算盤を持っているのが似合いそうだ」
仙蔵にクスクスと笑いながらそう言われ、文次郎は目を丸くする。
そして、そういえば学園にいた頃は会計委員とやらに所属していて、よく算盤を使っていたなと思い出す。
「…阿呆、もう昔とは違うんだ。今の俺が算盤なんか持ってたらおかしいに決まってんだろ」
「いや、お前はあの頃から老けていたからな。今もたいして変わらん」
茶化されたようでムッとした文次郎だったが、仙蔵からすれば褒め言葉のつもりだった。
歳を重ねた今でも若い頃と変わりないと。
確かに細かく見れば、文次郎にも衰えた部分は多々ある。
肌はくすみ、目の下には隈だけでなく皺も刻まれ、顎の周りの無精髭も汚い。
しかしそれでも、長年の鍛錬の賜物である肉体は頑強さを増し、筋肉が隆々としていて、体つきは寧ろ若い頃よりも立派になっていた。
低くしゃがれた声も腰に響くし、不敵な笑みを浮かべた時の口元の深い皺には、色気さえ感じる。
女から見れば、年相応の魅力を兼ね備えた、大層な色男に違いない。
そんな事を考えながら、文次郎の顔をまじまじと見詰めていた仙蔵だったが、微かに瞳を曇らせる。
「……それに比べて私は随分変わってしまった。出来る事ならあの頃に戻りたいと…最近では強く思ってしまう」
昔から人一倍自尊心の高い仙蔵は、自身が衰えていく事を容易には受け入れられなかった。
確かに若い頃に比べ、様々な経験を積んだ今では知識も豊富になり、忍術の腕も洗練され、一人の忍びとしては質が高くなっている。
しかしそれでも体力の低下は否めず、何より武器として使ってきた容姿に、もう自信が持てなくなっていた。
若い頃は頻繁にしていた女装も、今では任務として必要でない限り、あまりやらなくなっている。
「…そんな事を考えるのは女々しい、馬鹿らしいと…わかっているんだが」
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