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□通過儀礼。
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「シコリがある」
彼は私の腹の辺りを触りながら、囁いた。彼の声はアルコールが廻っているせいで、とろとろと甘かった。蜂蜜みたいに。その蜂蜜みたいな声を出す舌で私を舐めるので、私までとろとろしているような気分になった。
くすぐったくて身をよじり、私は彼の耳たぶをぱくりと噛んだ。
「あなたのと、同じだよ」
私も囁いた。私の声はとろとろと言うより、ふわふわとしていた。
私はどうしてもピアスの穴を開けたかった。しかし当時通っていた高校の校則で開けることは禁じられていた。だから私は耳たぶでは無く腹に穴を開けた。腹ならば気付かれまいと思った。
へその肉に安全ピンを通したとき、ぷすり、と音がした。その安全ピンの間から、血がじわじわと滲み出た。
「翌日、激しい腹痛に襲われたの。先生が凄く心配してくれたんだけれど、理由なんて言えないから」
彼は私のシコリが気に入ったらしく、とろとろの舌で舐めた。私は念願の穴を手にいれたのだが、その穴にピアスを通すことはなかった。あけたことに満足し、すっかりその存在を忘れていた。
「イニシェーションだね」
彼は嬉しそうに目を細めた。
「イニシェーション?」
彼は身を起こし、徳利の日本酒を口に含んだ。私の唇に自分のそれを重ね、私の口に日本酒を含ませた。日本酒はとろとろになっていた。とろとろの液体を飲み、私はふわふわになった。
「通過儀礼。大人になるための」
「通過儀礼…」
「そう、僕の耳たぶも君のへそも」
彼は私の髪を優しく撫でた。
「今日初めて君がお酒を呑んだことも、これから起こることも。全部ぜんぶイニシェーションだと思えば良い」
彼は私の上に覆いかぶさった。私はなんだか眠たくなり、目を閉じた。