また今日もここに来た。
どうせ、私がここでこうやって待ってたっていつも通り、加藤くんは出てきやしないのだ。
大きな手提げ袋のなかのたまったプリントたちが重い。荷物をおいて、私はまたチャイムを鳴らした、3度目だ。

「・・・・・、・・・・でないか」


週に一度、私はこうやって学校に来ない・・・いわゆる不登校児の家に
荷物を届けにいく。もう12月だから、手がかじかんでて、痛いのに、待たせるなよこのやろうと悪態をつきたい。

2階の窓を見上げた。カーテンがしめきっていた。
きっと学校以外にも外にすら出ないんだと思う


こんなに一人きりで部屋にこもって、加藤くんは何をおもっているんだろう。
想像つかなかった。




加藤くんが来なくなったのは二学期に入ってからだった。
もともと無口でおとなしくて、運動もあまり得意でなかったから
「そういうタイプの子」で「そうなりそう」とは思っていたのだ。

案の定、6月くらいから目立つ男子たちにからかわれて、すごく、なんか、傷ついてたみたいだし。
男子たちに言わせればそれは「からかい」であり、「いじめ」ではないのだ。
でも加藤くんはそう受けとちゃったらしく、学校でみる加藤くんはしんだ魚の目をしていた。
助けるほどでもないかなって思ってた。実際いじめではないし。
女子たちも「加藤君きもいよね」なんて笑ってたけど、
そんなの気にしなきゃいいだけのはなしだ。
案外みんな、そんななにも考えてやいないのに。
加藤くんは弱くて女々しい。被害妄想激しい。考えすぎ。ガラスのハート。だから不登校になった。当然、なのかもしれない。



私は今年入学した中学1年生。先輩関係には覚えたての愛想笑いでのりこえて、
女子たちとは恋愛話なんかで盛り上がって、
クラスではグループの男子とはよくしゃべって、学園祭には燃えに燃えた。多分平均的な、ほんとふつうの人間。



――加藤くんとは違うんだ。









そんな私が加藤君と話したのは確か、合唱委員の集会だった。
今度行われる合唱コンクールについての課題曲を話し合っていたときだった。

「なにか、歌いたいもんある?」

って、ゆきちゃんが聞いてきたけど、そんなほいほいでるものではないからあまりいい案がでなかった。
横から先生がくだらない見栄のために、3年生が歌うような難しい曲をすすめてきたが、
あまりみんなのらなかった、めんどくさいんだろう。
黒板には一応書いといてあげたけどね。

みんなでぐうたらして、先生に怒鳴られて、でもやる気でなくて、30分くらいが過ぎた。
もうそろそろ解放してほしいと思っていると、
後ろのほうから、なにやらぼそぼそ声が聞こえた。振り向いたと同時に、

高く、不安定な声が教室に響いた。


「・・・ぼく、コスモスが、いい」


びっくりした。
それは、あの、加藤くんからでて言葉だった。
私だけじゃなかった、ゆきちゃんや、かなや、ゆうたや、藤原君、先生までも、みんなびっくりしたふうに、加藤くんを見た。

「それって、あれ?えーっと、・・・なつのくーさーは〜らに〜ぎんがは〜ってやつ?」

ちょっとまだびっくりしつつ、ゆきちゃんが答える。聞いたことがあった。
確か結構有名な曲だ。タイトルは「コスモス」。
頭のなかでメロディーを思い出す。サビに入る前のソプラノと男声が混じりある部分が少しあたまに記憶として残っていた。


「ああ、あれね!いい曲だよね」


私も答えてみる。加藤くんの伏せ目がちな瞳が揺らいでいたけど、しっかりうなずいてくれた。
少しほっとする。


「おう、コスモスか。あれはいい曲だぞ」


先生も賛同する。ちょっと、嬉しそうな声だった。

「おれわかんねえんだけど、どんなやつ?ゆき歌ってみてくれ」

藤原くんがちょっと恐い感じに、ゆきちゃんに言った。
藤原くんにその気はないんだけれど、いつもこう、怒ってるような声だすのもどうかと思う。
漫画の影響かなにかかな。まあいいんだけど。


「おっけー。・・・、なつのくーさはーらにー」


相変わらずのきれいな声で、コスモスを歌い始める。
ゆきちゃんは合唱委員でかつ、合唱部なのだ。みんな、ゆきちゃんの歌声に耳をすましている。
さっき声をだして主張した加藤くんは、いつも通り、じっと机を見ている。
下ばっかみてる。ゆきちゃんの歌声を聞いてるのだろうか。
私は気になって、みんなより離れた場所にいる加藤くんの席の隣に腰掛けた。
気のせいだろうか、加藤くんの肩がびくっと震えたように見えた。別に私まだ何もしてないのに。
・・・しかしちっちゃいなあ。たぶん150くらいしかないんだろう、間近でみても加藤くんは小柄だった。
よけい、気弱そうだ。


「コスモス私知ってるよ。いいよねこの曲。加藤くん好きなの?」

5
秒くらい間があって、加藤くんがまたしっかり頷いた。さっきの声はどうしたんだろう。ちゃんと、口動かして話せばいいのに。
困ってしまった。他に話題なんてない。いやな沈黙が10秒くらい流れる。
やっぱりほっとけばよかったのかもしれない、
こういう加藤くんみたいな子と、どう接したらいいのか、分からないから。
でも、さっきはちゃんと言ってくれたのに。もう一度、きちんと答えてほしい。


「、は、・・・宮崎さん・・・は、好きなの?コスモス、」


途切れ途切れにぼそぼそっと、口が動いては閉じてを繰り返している。
――話してくれた!

「うん、好きだよこの曲、っていってもよく知らないんだけどね。でも一回くらいしか聞いたことないのにさ、私結構覚えてるんだよ、
 頭にのこるってことはいい曲ってことだよね。ほらサビの前の部分とかさ、好き」

いっきにまくしたてた。なぜか私も焦ってしまったらしい。

加藤くんが顔をあげた、私と目が合う。黒くて大きい、女の子のような眼に、私が映っていた。
でもまたすぐに、机に目を向けてしまった。



結構覚えていた、私と加藤くんがしゃべったときのこと。
私には記憶に濃く残るほどのものだったんだろう。




その合唱コンクールは2週間後だ。歌う曲はもちろん、




――「コスモス」。




(20081209)

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