捧げもの

□狂犬注意
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話は数時間前にさかのぼる。

闇カジノの摘発のため、佐助は一人潜入捜査をすることとなった。
もっとも上司や同僚の誰にもこのことを話してはいない。何しろ表向きは普通のカジノだが、その裏には相当上の者や政治家が絡んでいるという噂であった。ゆえになかなか捜査にGOサインが出ず、こうして佐助は独自に潜入捜査をすることにしたのだった。
しかし、バイトとして潜り込むまでは順調であったが、どこでばれたのかバックヤードで休憩中に突然囲まれ抵抗らしい抵抗をする暇もなく捕えられてしまったのである。

「まだ、給料ももらってなかったのにな」

立つこともかなわないほどの小さな檻の中で胡坐をかきながら、佐助はのんきな口調でそう呟く。
今までの自分の行動を思い返してみても、バレる要素はなかったはずだ。どこにでもいる少しちゃらいいまどきの若者を完璧に演じていた・・・というよりもほぼ素のままで過ごしていた。書類も完璧にいじくったはずなので、足が出るはずはない。
しかし、今こうして捕まっている事実は覆すことはできない。

「はあ、俺が死んだらあいつらちょっとは悲しんでくれるかな」

葬式でも笑っていそうな同僚と幼馴染の姿を思い浮かべながら、佐助は何回目かわからない溜息を吐いた。




ふと、足音が聞こえた。薄暗い倉庫にも似た部屋では小さな音であってもよく響く。誰だろうと、目を凝らしてみると見覚えのある姿が目に入る。

「秀さん!」

それはバイトでの先輩であった。呼ばれたことに気がついたのか秀はこちらに近づき、そして檻の中の佐助を覗き込んだ。

「なんだお前、目を付けられちまったのか」

少しばかり残念そうな口調でそう言うと、軽く事情を説明してくれた。もっとも、ほとんどは潜入捜査の際に調べ上げた資料で知っているだったが。つまり自分は闇カジノの目玉となっている「闘犬」に選ばれたのだという。
「犬」のほとんどは金目的の格闘家やヤクザ崩れ、ヤク中など外から連れてこられるが、たまに面白半分にこうしてただの素人が連れてこられるという。

「なんとかなりませんかね」
「俺もただの従業員だしな・・・そうだ、これやるよ」

餞別と言ってくれたのはバタフライナイフだった。掌にちょうど収まるそれを片手で回して開くと、よく手入れされた刃が姿を見せる。

「そうなっちまったら、勝ち続けて生きるか、負けてボロ雑巾のように捨てられるかだ。嫌になったらそれを使え」

つまりは自殺用というわけだ。
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