捧げもの

□毎夜のごとくながれる血と罪
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いつものように日が昇り辺りを明るく照らし出すが、それでも神羅屋敷と呼ばれている洋館はどこか暗い雰囲気をまとっていた。
今からさかのぼる事数十年前、宝条の策略により地下室のモルグに閉じ込められたヴィンセントだったが、カギなんてケルベロスの一撃で簡単に開いた。それどころか今の身体能力なら、レンガの壁すら蹴り一発で壊せただろう。
そんな訳で大人しく閉じ込められるのを良しとしないヴィンセントは今や、自由気ままに歩き回っているのであった。
そしてルクレツィア探しの旅にもひと段落付け、もう一度原点から荒いさらすためにニブルヘルムの神羅屋敷へと戻ってきたのだった。

村は変わっていた。
元々静かな村だったが、いまはむしろ陰惨としていて冷たい空気が満ちている。そして村人達はまるで罪人でも見るかのような眼でこちらの動きを常に監視していた。一番不思議だったのは数年前に立ち寄った時と村人そのものがすっかり変わっていることだった。宿屋の主人も変わっているし、仲の良い親子の住んでいた村には独身の男性が恋人と住んでいた。見知った顔は一切無い。何が起きたのかはしらないが、うかつなことはできなさそうだった。
ヴィンセントは土地の名産物と適度な食糧を買うと、ごく自然に村を出て行った。まるでただふらりと立ち寄った旅人のように。

村を抜けても暫くは視線を感じていたが、やがて警戒は無用と感じたのか離れていった。やがて完全に村から隠れたところで森の中に入った。
森にもぐれば人である限り彼を見つけることは出来ない。獣さえもヴィンセントがその気になれば触れる距離までよれる。これは今迄培ってきた己の能力と、宝条が身に埋め込んだ獣の魂の力だった。
ヴィンセントは鳥を飛ばすことなく森を通り、神羅屋敷に裏口から侵入した。
中は相変わらず雑然としていたが、最近人の出入りしている気配があった。ヴィンセントは警戒を解くことなく進んでゆく。
1階、2階ともにたいした異常はなかった。長い年月のためところどころ古くなっていることと、多少物の位置が変わったり量が増減しているくらいだった。
「あそこにいくのは気がすすまないな・・・」
仕方が無いのでヴィンセントはいやいやながらも地下室に行くことにした。
暗い地下室では明かりを持っているとすぐに気取られるので、ヴィンセントはゆっくりと一度瞬きをした。すると眼の瞳孔が大きく開いた。獣の眼に近くなる。
ヴィンセントは辺りがはっきりと見えることを確認すると、慎重にだがすばやく古びた螺旋階段を下りていった。


途中自分の閉じ込められていた部屋を覗いたが特に何も変わっていないようだった。ヴィンセントは背を向け、部屋から出ようとした。
すると突然後ろから轟音がした。振り返ると棺桶のふたが勢いよく吹っ飛ぶところだった。
中から何かが飛び出しこちらへと襲い掛かってきた。
「!・・・・・なっ?」
ヴィンセントはすばやく地面を蹴ると一気に廊下へと踊りだし、振り向きながら銃を構える。
「まだまだだねえ」
横から聞えた声のほうを振り向こうとした瞬間胸に衝撃が走った。
目の前に赤い液体が飛び散った。
「うわああ」
光が目の前に瞬く。
「あっはははははぁ」
人を馬鹿にした笑い声が近付いてくる。その人物を赤いペンキ塗れになったヴィンセントは目を擦りながら恨めしそうに見た。
「まったく、こんな初歩的な罠にかかりおって」
ひどく嬉しそうに手にしたカメラのフラッシュを焚くのは何を隠そうヴィンセントの身体を改造し、彼の好きだったルクレツィアを奪っていった張本人、神羅の誇るマッドサイエンティスト宝条博士だ。
罠としてはこうだ。まず、自分はモルグの中に隠れ、ヴィンセントが出て行く瞬間に棺桶の罠を起動する。中にはふたを跳ね飛ばす装置と起き上がりまっすぐにだけ進む簡単な自動人形が入っている。そしてヴィンセントが姿勢を立て直すために廊下に出たところで設置しておいたスピーカーから声を出し、意識をそちらに向けさせ、その隙にペンキ入りの弾を撃つというひどく簡単でありながらも手の込んでいるものだった。
これはヴィンセントの性格と反応を完全に熟知した宝条だからできたものであった。
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