捧げもの

□消えゆく現(うつつ)
1ページ/4ページ

それはよくある破滅への物語


−甘い棘−


何か小さな音が耳元でする
なんだかどこかで聞いた音に似ている
どこから聞こえるんだろう?
そしていつから聞こえていたのだろう

あたりはやさしい闇で満ちている

これは夢なのだろうか・・・
やわらかい綿の中に漂っているような気がする
まだまだ眠っていたいのに、星のかけらのような音が耳に残る
あまりにも気になって目を無理やりにこじ開ける
重たいまぶたを開けても世界はぼやけたままでよく見えない
ただ緑の光が辺りに満ちている 白い光がこぼれるように下から浮かんでくる

ああ これは夢なのか

なぜならこんな景色現実にあるはずないし それに光の向こう側に見える風景も現実にはありえない
あの宝条が今にも泣き出しそうな顔をしてこちらをみているなんて・・・
そして再びヴィンセントは赤い瞳を閉じた




壁にもたれかかり報告書に目を通していた宝条はふと顔を上げた
なんだか人の視線を感じたからだった
「気のせいか・・・」
なぜなら宝条のいるこの部屋には培養液の中で漂うヴィンセントと宝条以外の誰もおらず ましてや出入り口は宝条の遺伝子に反応して開くようになっていた。
部屋には監視カメラすらついてもいない

白い部屋には時折紙をめくる音だけが響く
自ら消した小さな恋心
なのに求める思いは消えない
もっと彼のことを知りたい
もっと彼の姿を見ていた
もっと彼の声を聞きたい
もっと・・・

目の渇きを覚え 宝条は報告書の束を手放した
重力に従い床に落ちると 書類は床の白に溶け込むかのように散らばる
勢いをつけるともたれたかかっていた壁から離れる
紙を踏むことを気にもせず 宝条はヴィンセントの近くによる

ガラスの中のヴィンセントは部屋の一部のようだ
まるでガラスのように儚くみえる 少しの刺激でも簡単に壊れてしまうだろう
人を惹きつける存在感は薄れ 昔から強かった透明感がさらに強くなっていた
時々すべてを壊したくなるそんな誘惑が頭を掠める
その誘惑に負け ヴィンセントは壊れた
選んだ道を後悔したことはない

ただ時々振り返りたくなる・・・

そっと見上げた彼の寝顔はまるで死んでいるかのように穏やかだった
現世さえも夢にして彼はただ眠る
他の者の思いもガラスのように透き通して
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ