捧げもの

□未空間
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目を覚ますと空はピンク色だった。高2男子 山本和志は一瞬自分の頭を疑った。
しかし何度目をこすろうが、空はピンク色だ。
「え?もう夕方か・・・」
自分としてはほんの少し転寝をしただけのつもりだったが、そんなに長時間寝たのかと机の上の時計を見る。
14:25
最後に記憶している時間からは大して経っていない。
もう一度窓の外を見ると、ピンク色の太陽はまだ高く昇っている。
「ああ、そうか。俺寝ぼけてるんだ。もう一回寝よ」
そういって今度はベッドで寝始めた。

1時間後
日は傾き、空はやや緑がかったピンクになっていた。
「あれ?」
他に以上がないか部屋を見回すがおかしなものはない。
「・・・・顔でも洗おう」
部屋を出ると、階段を降りてすぐ横にある洗面所を目指す。
そしていつもどおりに蛇口をひねって水を出そうとすると―――なぜか火が出た。
「うわっ」
あわてて手を引っ込める。
蛇口からは延々と火が吐き出され続ける。火はまるで水のように不確かな質量で排水溝へと流れていく。
和志は恐る恐る手を近づけてみたが、少しも熱を感じられなかった。
思い切って触れてみると意外にも冷たかった。
覚悟を決め手のひらに火をためると、いつもしているように顔を洗う。
鏡を見ると、普段と逆に映っている自分の顔に火が付き赤く光っていた。
思わず乾いた笑い声が漏れる。
タオルで顔を拭くと、流れ続ける火を止める。

空腹感はあるが食欲はない。
それでも和志は食堂へと足を向けてみた。
机の上には三角錐で紫色をした何かがかごに山盛りになっていた。
和志はそれを手に取ると、隣にある居間へと向かう。
居間では妹の和美がソファでごろごろしながらTVを見ている。
TVの中では水着を着たタレント3人が騒ぎながら火の中に飛び込んでいた。
どこまでも広がる火の海の上ではピンク色の空が澄み渡っている。
「・・・返せ」
「ん、何お兄ちゃん?」
「俺の日常を返せ!!」
突然叫びだした和志を和美は不思議そうに見る。
「返せ!とにかく返せ」
「だから、何返せばいいの?昨日借りた国語辞典のこと?」
「違うそんなもんじゃない」
「わかった!あれね。ちょっと待ってて、すぐ持ってくるから」
和美はそう言うと小走りで居間を出て行った。
遠ざかる軽い足音を聞くとすごく疲れた気がして、さっきまで妹の座っていたソファに座る。
TVではさっきのタレントが炭の魚とたわむれていた。
「もうヤダ・・・元の世界に帰りたい」
放心状態でぼんやりとTVを見ていると、やがて和美が帰ってきたのか足音が聞こえてきた。
「はい、お兄ちゃん。これ返すね」
和美は手に持っている緑色のぬるぬるした物体を和志に放り投げる。
受け取るとひんやりとした感覚が手に染み込む。
まじまじと見ていると、それは体色をピンクに変えた。
「あはは、やっぱりお兄ちゃんといるほうがうれしそう」
和志はしばらくその物体Xを見つめていたが、不意にきびすを返し居間から出て行く。
「ちょっと出かけてくる」
「?・・・変なお兄ちゃん」

和志は頭になぞの物体を乗せたまま、夢遊病者のような足取りで街をさ迷い歩く。
春の暖かな日差しも緑色の物体に飲み込まれる。
その物体は時折体色をピンクに変えながら頭の上をうごめく。
和志は世の中のすべてに絶望しながら、目的もないままどこかへと向かう。
空がいつの間にか青色に変わったのも気がつかないまま。

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