薄桜鬼 弐

□某日、夢見る狛犬の説
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空は晴天。雲ひとつない青空。


前はこの青空が、ただの白黒の世界でしかなかった。


もちろん、俺だって正常な目をしていた頃が今より昔にあったわけで、白黒の世界になる前はきちんと見えていたのだけれど。


ただ、こうして何年も色というものを失ってから見る青空は……とても綺麗で美しかった。単にそんな言葉では表しきれないくらい、素晴らしいものだった。


俺は一人勝手に笑んでしまい、緩んだ口元を急いで直す。こんなところを烏丸の馬鹿や、アイツに見られたら笑いの種にされるに違いない。


自由となり、怪我も癒えたこの体で今はどこまでも行ける気がする。


清々しい、身軽になった、とも違う。達成感と簡単に言ってしまうのも、どこか違う気分だ。



「団子でも食いに行くか」



そういえば前、茜凪が藤堂に教えてもらってた団子屋が美味そうだったな。


まだ本調子じゃないが、多少市中に足を伸ばしてみてもいいだろう。


団子はこれといって、好きでも無かったが今は無償に食べたい気分なんだ。





昨年の年の瀬は、常に往来していた京の市中。


中心部には多くの浪士が潜伏しており、それを取り締まるのが新選組だと知ったのは――常識なしと言われても仕方ないが――慶応二年の十月だった。


――この俺様が気分よく飯を食っていたところ、座敷に喧嘩を吹っ掛けていた浪士がいた。


そいつをブッ飛ばして、突っ込んでしまった先が新選組の座敷だったんだ。


俺を妖と見破れない人間たち。もちろん、妖と判別できるほど外見が人間と違う訳でもないし、本来の姿や力を出さない限りは人と思われて当然。それをいいことに、人間と婚姻を結ぶ下等な妖が増えたのも事実だ。


そんなことをするのは、血も薄まり力も弱い妖だけだと思っていたのも事実だったが…その常識は覆されることになった。それもつい最近、再び。


古来からこの日本という国には、鬼と妖が存在しており、鬼も人間と婚姻を結ぶことがあったようだが…。


まさか、俺が尊敬していた男が二人も人間に心奪われるなんて。


――……くだらない。そう思っていたんだ。ずっと、昔から。



「いらっしゃい!」


「三色団子とあん団子をくれ」


「かしこまりました」



辿り着いた茶屋の軒下に用意されていた腰かけ。ドカリと座り込んで、右足の踝を膝に乗せて背後に仰け反るようにして空を見上げた。


軒下から見える空は限られていたけれど、どこまでも続くようで、自由で壮大だ。この空の下、今の俺なら目指すべき場所まで行ける気がした。


雲ひとつない晴天は、明日も続けばいいと思いながら、団子の前に持って来られた茶を啜る。深くて濃い味。苦かったが、このあとくる甘味と合わせれば丁度いいさ。


茶柱が立ってないか、なんて確認してしまった俺はまだ餓鬼かもしれないが、湯のみの中を覗こうとして顔を空から逸らした直後、正面にも空と同じ色した物を見た。



「…」



言葉が呑みこまれる。出てくるものがない。


それくらい、俺の中で奴らの存在はまだ複雑な立ち位置にある。別に…恨んでもいないし、寧ろ詫びを入れなければいけない立場なのは俺だと思うが。



「(今日は永倉と沖田…か)」



市中の巡察の最中なのだろう。現れた浅葱色…空とよく似た鮮やかな隊服。その色を知ったのもつい最近のこと。


最初は派手だな、なんて思いながらも何度か市中で見かけるうちに――声をかけることなど絶対ありえなかったが――見慣れてしまった。


その中でも、特に声をかけたくないと思っていたのが今、奥の路地を通って行った永倉と沖田だ。


理由は簡単で、俺は奴らと言い争いをした後、詫びを入れていない。半分以上、自暴自棄になった八つ当たりに近かったし、結果として俺に非があったと思う。


が。心で納得していても、いざ自分から頭を下げるとすると意地っぱりな俺には相当の努力が必要だ。特に沖田。特に沖田に謝るなんて、絶対アイツ鼻にかけて笑うぞ、マジで。もしかしたらニヤニヤしながら土下座させられるかもしれん。


……考えただけで、ムカっとしてしまった。いや、俺の想像なんだがムカっとしてしまった。



「お待たせしました。三色団子とあん団子でございます」


「あぁ、すまん」



どうやら室内を簡単に確認しているようで、距離はあるが真正面の質屋で足を止めた新選組。


俺は運ばれてきた団子を手に取り、まず手始めにあん団子を頬張った。あんこに季節も関係ないと思うが、この時期に食う団子は…無償に美味いと感じられた。今日、ここに引きつけられた理由もこれかもしれない。


沖田と永倉はまだ何か確認しているようで、店主と話をしている。


身ぶり手ぶりで大きく表現をする永倉に対し、沖田はどこかつまらなさそーに、空を見上げていた。





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