薄桜鬼 弐
□某日、夢見る天狗の説
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「えっと……この辺の適当なとこでいいか?」
まず、俺の頭にあったのは“どうして肝心な時に限って、屯所にいないんだよ!一の馬鹿!”だった。
次にあったのは“茜凪はさっさと目覚めろ馬鹿!”だった。
更にもっというならば“総司も教えてくれたっていいだろ!馬鹿!”だ。
とりあえず、何が起きているかというと俺は今、店を探している。
「すみませーん」
「はい!おいでやす!」
慶応三年 二月の月初。
未だに眠ったままの茜凪の刀と、俺の刀を持って俺は刀工屋を探していた。
この間の戦いで、刃がボロボロになりつつあった愛刀をなんとかしてもらおうと思って来たんだ。
生憎、京の地理や店の場所は――飲み屋以外――詳しくない。いつもは茜凪が一緒に俺の刀もなんとかしてくれているんだが、あいつはまだ眠ったままだ。
四国……俺が生まれ育った町ならまだしも、京の地理を今更きちんと覚えようとしても、俺は数日後に再び四国に帰らなきゃならない。
今日は茜凪の様子を見に来ただけで、怪我もきちんと癒えたわけではなく未だに片目は見えていない。
しかも、その中で天狗の一族での話合いが設けられることになっている。
次期頭領になる俺が参加しないわけにもいかず、ましてや藍人に関して起こっていた戦いが無事に終結したということを報告しなきゃならないと思えば、参加しないなんて許されるはずもなく。
京に来ては、四国に帰りを何度か繰り返していたところだ。
「この刀二本、刃がボロボロになってるんだ。なんとかしてほしい」
「かしこまりました。うーん…こりゃ……」
店主が唸りながら、二本の刀を抜刀していた。そのまま色々と刃を見つめながら首を傾げ、また刃を見つめては唸っている。特に気にして見られていたのは、俺の刀の方だった。
……俺、そんな始末な扱いしてるか?
「なんとかなるでしょう。また夕方取りにきてくだされ」
「おう。頼んだぜ!」
「あの…念のため、お名前をお聞きしてもよろしゅうどすか?」
“念のため”と言われたことが、どこか引っ掛かった。俺の刀なんだから、俺の手元にきっちり戻ってくるように名前を聞くのが当り前なんじゃないのか…?
「烏丸 凛」
「二本とも、あんたさんの刀ですか?」
「いや、一本は仲間のだけど今寝込んでて来れないんだ」
「その方は、もしや楸の嬢さんでは…?」
「茜凪を知ってんのか?」
……どうやら、俺が探していた茜凪が得意先にしている店は、ここで合っているらしい。確か河原町の方にあるって言ってたのは聞いてたんだよな。合っててよかったぜ。
「いつもよくしてもらってます」
「あんたも変わりもんだな。女の刀の手入れを嫌な顔せずやるなんて」
思わず、俺なら思う言葉が出て来ちまった。ばれたら多分、あいつが起きた後で殴られるじゃすまない。蹴りが飛んできて、刀も抜刀されて、青炎も出てくるはずだ。
それくらい、あいつは“女だから”という意味合いを嫌う。
「そりゃ最初はさすがに驚きましたわ。あんな綺麗な嬢さんが、自分の刀の刃が欠けたって来た時は」
「ははは……だろうな」
「ですがねぇ……あの子の刀に懸けている思いを感じてからは、ぜひに私に磨がせていただきたいと思う次第でございます」
「……そっか」
あいつがちゃんと人間とも上手くやれているのを確認したら、どことなく安心した。
笑顔のままシワシワの手で刀の手入れの準備を始める店主は、紙に預かり票として俺の名前を書き始める。
「えっと、からすま りんさんですね。字はどうお書きになられますか?」
そこまでいってようやく気付いた。
俺、いつの間に下の名前までサラッと教えちまってたんだろう。
「あぁ……烏に、まんまるの丸、りんは、凛としているとか表現する……凛」
……最後の教え方はおかしいと思ったが、俺の語学ではあれしか出て来なかったんだ!
というより、まず下の名前の字を尋ねられることなんてなかったから仕方ない。そうだ、仕方ない。
「烏丸 凛……さん、と」
「……」
名前を初めて会った奴に、きちんと呼ばれるとドキリとする。昔、この名前が原因で荒れていたことがあるのが理由だが……今更呼ばれたって、どこかで貶されるんじゃないかと感じてしまうんだ。
「じゃあ、これでお預かりします。また後ほど来てくだされ」
「あいよ」
だが、特に店主は何も触れずに紙を渡してきた。夕方、この紙を持ってここに来ればいいんだな。
礼を告げてから、俺はそのまま暖簾を潜り、天気のいい京の市中へと歩き出した……。
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