薄桜鬼 弐

□46. 身籠りと真実
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茜凪は何も答えなかった。
ただ、構えをみせたまま七緒を静かに見据えるだけ。


そんな茜凪の態度も気に入らなかったらしく、七緒は背後で縮こまっている菖蒲を睨んで言葉を続けた。



「あの女はよくて、あたしはダメなんだ……―――?」



自嘲するような笑みを含んで、彼女の口は三日月を描いた。
菖蒲がそこで反論を飛ばす。



「だってアンタがしてること、おかしいじゃない!自分のものにしたいからって、藍人くんを殺してよかったの!?」


「黙りなさい!!」



菖蒲から口を挟まれたのは癇に障るだろう。
式神を再び投げ込むが、茜凪が彼女の前で軽々と無に返す。


黙っている間、茜凪は何かを確認しようとしていた。
ただ見据え、七緒の言葉に耳を傾けるだけ。



「あたしは殺してないッ!死んでしまった藍人を……藍人を……!」


「嘘言わないで!あんたが殺したんでしょ!」



菖蒲が、烏丸と対峙して戦闘を繰り広げる藍人を涙目で見つめながら叫ぶ。
彼に惚れた当人同士が言葉を交わしても和解や解決になんて繋がるはずがない。


水無月が菖蒲を止め、近付いてくる影法師をどうするか考えていた。



「あんた達は誰からも愛されて、信頼できる仲間がいて、憧れる存在がいるからいいかもしれない……」


「…」


「でもあたしには…藍人しかいなかった……!藍人だけだったのに……ッッ」



茜凪が七緒が仕掛けてくる攻撃を読み、新選組幹部が捕えられた影の場まで退きを見せる。
動けない彼らの傍らにわざわざ来たのには、攻撃から守りるためでもあった。



「春霞の娘ってことは、あんたはずっと幸せだったわよね」


「…」


「誰からも否定されることなんてないでしょう?ありのままを受け入れられて、守られて、愛された」


「……、」


「あたしは違う。そうしてくれたのは藍人だけ」



茜凪の傷から滴る血が、再び永倉や斎藤の指先を絡めとる。
しかし、記憶が一瞬過るものの、今度は新しい情報は与えられなかった。


茜凪はそうしている間にも赤い瞳で彼女を見つめ続けた。
少しだけ七緒の言葉に肩が揺らぐ。



「分からないわよね、それが当然よ。だってあたしは特別なんだもの」


「…」


「藍人を殺したのは、あたしとまで言われたわ。そうよね、縁談が破棄されて新選組の沖田を操って、殺させたと誰もが思うわ」



七緒はもう自暴自棄だった。
式神ではなく、本来の土偶……傀儡を扱い投げつけられる。
茜凪はゆっくり飛んでくるそれを見つめていた。



「だから!その通りにしてやったんじゃないッッ!」



人を殺めるための傀儡が三体、刃を振りあげて襲いかかる。
烏丸の方へは影法師の攻撃が背後からきていることも悟っていた。



「誰からも必要とされず、信じてもらえない気持ちをどこにぶつければよかったのよッ!?」



七緒の言葉。
茜凪は最後の最後でどこか切ない表情を向けた。
目を伏せてから、茜凪は静かに―――力を使った。



「え…」



辺り一面が、青い光に包まれた。
陽炎を移しだし、ゆらゆら揺れる光。
その光が、温度の高い炎であることに気付くまでに少しの時間を要した。


青い火の玉は傀儡を食い尽くし、燃やし、無かったことにする。
同時に影法師の攻撃が届かないように火の壁を逆側に作りだしていた。



「……っ、妖狐は古来から、炎を使うと言われていますが―――」



水無月が感心したように、茜凪の攻撃手段を見つめる。



「僅かな妖力を本気で練り、発動させただけでこの力。やはり彼女は……」



強い。
これでもまだ、本来持っている力の一部を封印されてしまっているのに。


綺麗に輝く炎を取り巻きながら、茜凪がようやく七緒に返した。



「貴女が藍人を殺していないことくらい、随分前から知っていました」


「……っ!?」


「貴女には、生きた人を映しだし、真似をしたり化ける術なんてありません」


「…」


「貴女が藍人を甦らせたことは禁忌であり重罰に値しますが、それは悲しみからのもの。殺して自分の主従を誓わせるものの為じゃない」



七緒は茜凪からぽつり、ぽつりと零される言葉に動きを止めた。


てっきり、七緒の行いを止めようとしているのは、彼女を恨んでいるからだと本人は思っていたようだ。



「多々良の家柄はとても厳しく、純血の女が生まれにくいと聞きます。純血でなくとも力を有する多々良家は妖界として存続をするために必死でしょう」


「…」


「だから貴女は守られ、子供を産むためだけの世界で生きて来た」


「―――……っ」


「たった一人で」




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