薄桜鬼 弐
□42. 終結の刻印
2ページ/4ページ
息が詰まる。
同時に、握られた拳は指の先が白くなるくらい力が込められた。
震えた、低く小さい声が部屋に木霊する。
「どうして……―――」
茜凪がどれだけ奥歯を食いしばっても、食いしばっても答えは出てこないけれど。
ただただ、この時に溢れかえった感情は“斎藤 一への憧れ”よりも“憎悪”が強くなった。
「どうして殺して……生き返らせる意味があるの……ッ」
振り絞る声に烏丸も目を逸らすしかない。
男は溜息に近い息を漏らし、続ける。
「傀儡は言わば、人形じゃ。術者の言う事は逆らわん」
「……ッ」
「死体から施された傀儡に魂を縛る術に成功した場合、生前の本人となんら変わらぬ者になるじゃろう。恐らく多々良の狙いはそこじゃないかの……」
「わざわざ殺して自分のものにするなんて……ッ」
「そうまでして欲していたということじゃろう」
「…ッ」
表情が険しくなる茜凪。
烏丸だって悔しい。
そんなことがあってたまるものかと、何度も何度も言い聞かせた。
だが、彼の中には聞きたいことがもう一つあった。
「なあ、じいさん。その傀儡ってのは、生きている人間を瓜二つの姿で人形に出来るのか?」
「生きている人間を?」
「あぁ。死体以外から施した人形は、どんな姿になるんだ?誰かと同じ姿になるのか?」
烏丸が聞きたいことは、きっとこの戦いを解き明かす種になる。
「いやぁ……術にも色々形式はあるが、分身を生み出すような術や傀儡が誰かと瓜二つになどならんはずじゃが……」
藍人を殺したとされている、沖田 総司。
だが、それは茜凪の言葉で否定されている。
烏丸は惑うのだ。
「ってことは、その多々良 七緒の力で実際に存在する他人を装い、藍人を殺すってことは出来ないんだな」
「おぬし、藍人殿を討った男を知っているのか……」
「……」
「あの新選組の沖田という男を……」
男から出て来た言葉に、茜凪が目を見開く。
やはり、大きな事件だった。
二年も時間があれば、証言などが各方から出て来たのだろう。
だけど……。
「藍人殿を殺したのは、新選組の沖田だと噂が流れとる。七緒殿が藍人を殺して甦らせたと考えるのも、当たらずとも遠からずじゃが……証言が多くての」
「違います」
「ほ?」
「沖田 総司じゃない」
真っ向から反論したのは茜凪。
烏丸はそう言うと思っていたらしく、切なく彼女を横目に見やるだけ。
「確かにあの羽織りも、顔立ちも声も全部、沖田 総司だったけれど……あれは沖田 総司じゃない」
「はて……というと?」
「私は純血の春霞の娘です。春霞の純血には、直感能力が備わっているということはご存知ですか……?」
激しい剣幕に、男は冷や汗を流す。
ゆっくりと頷いてみせれば、茜凪はそのまま続けた。
「あぁ、聞いたことはあるが……」
「この間、市中で沖田 総司に出会いました。でも彼じゃない……!」
「…」
「彼は確かに強いと感じたけれど、あの人は藍人を殺していない!絶対ッ!」
我を通す、我儘な幼子のように。
半分、己が混乱して涙を滲ませながら叫ぶ、悲痛な言葉。
「あれは……沖田じゃない……」
「……」
「違う……。あの人がやってるなら、わかるんです……」
自分の力が、他者にもあればいいと願わずにはいられなかった。
どうして誰にも理解されないのだ。
この力のおかげで、真実が曲げられずに済むのに。
信じてもらえないなら、事実が変わっていってしまうかもしれない。
それが、怖い。
「……否定するようで悪いんじゃが、それでも藍人殿が殺された日、現場の近くで羽織りを着た男が目撃されておる。間違いないじゃろう」
「ちがう、どうして……!」
「茜凪……!」
「なんで沖田が妖の戦いに首を突っ込む必要があったんですか!?そんなのおかしい!」
「茜凪落ちつけ……っ」
肩を掴んで、今にも飛びかかりそうな彼女を烏丸が宥める。
全部が悔しい、そして衝撃的すぎた。
受け止めきれず、涙が流れる。
「自分を殺した新選組を藍人が守ってなんて言うはずないのに……!」
男は、茜凪が不憫に見えたのだろう。
それ以上、藍人を殺した犯人についての言及はしなかった。
「……傷つけてすまないの。話を元に戻そうかの」
「あぁ、頼む」
「…っ」
ここで叫んだって無駄だ。
分かっているのにやり場のない気持ちが渦巻く。
殺した犯人は沖田じゃない。
でも死んだ藍人を甦らせたのは多々良。
一体、何のために死んだのだ。
どうして殺されたのだ。
なんで助けられなかったのだ。
ただただ頭をぐるぐると、自責の念に捕らわれる。
身につけた力も、剣術も体力も……全て投げ捨てたくなった。
.