薄桜鬼

□40. 巡逢と別離
1ページ/4ページ





雨が降る道。


季節外れのその雨は、まるで誰かの涙を隠すようだった。


たまたま通りかかった祇園にほど近い通りから踵を返す。
常識的には、何か声をかけるべきだったのだろうが、彼―――風間はそれを敢えてしなかった。



「風間、どこへ行っていたのですか。薩摩藩邸に呼ばれていたでしょう」


「喚くな。今から向かう」



天霧が、戻ってきた風間を見て首を傾げる。
どこかいつもと違う、と。
静かな怒りに満ちているような、鋭い視線。



「風間。何かありましたか?」



天霧がこう聞けば、彼は嫌がるだろうと思っていたが聞かずにはいられなかった。


少し考えてから風間は、もう一度空を見上げる。
降り出した雨はそう、誰かの涙を隠すようだった。
泣き虫で、甘えたで、それでいて頑固な娘の涙を。



「天霧」


「はい」


「天王山の麓にいる妖に会って来い」



天王山。
それは禁門の変の際、長州の者が切腹をするために追撃を逃れた場所。
麓の橋では土方と風間が剣を交えた場所である。



「妖、とはどこの一族の者ですか」


「常井だ」


「常井というと、陰陽師の……」



天霧はそれだけ聞き、風間が何をしようとしているのかを察したらしい。



「分かりました。貴方は薩摩藩邸に必ず向かってください」



音もなく消えた天霧に、風間は溜息をつく。



「人が動きだす前に己で道を掴めぬのか、あの小娘は」



風間はある情報を鬼と親しい問屋から仕入れていた。
そこで手にした情報を確認すべく、天霧を動かしたのだが……。


動くべきであろう当の本人は、大通りでびしょびしょになりながら大泣きしていたので使い物にならないと判断した。



「―――消えた骸、血の禁忌に、殺められぬ式神……か」



何を考えているのだ、と思いつつ風間は舌打ちを繰り返す。


薩摩藩邸に向かうためにもう一度傘を差し、歩き出した。
大方、藩邸で話されることは最近起きた奇怪な“辻斬り”についてであろう。



「あの娘は……―――」



何も考えていない。
己が強くなればいいわけではなく、同時に動いている敵のことも考えなければ討てるはずもない。
手を貸す気はサラサラないが、こちらとしても確認したいことがあった。



「フン、不様な成り果てだな。北見 藍人」



望んだ結末は、そんなものではなかっただろうに。
呟き一つ残した鬼の頭領は、人ごみの中へと姿を眩ました…―――。





第四十幕
巡逢と別離





「そう言えば聞いたか?ここ連日で起きてる辻斬り事件」


「辻斬りですか?」



数日後。
四国から京へと再び訪れている烏丸は、茜凪と団子を食べながら奇怪な事件についての話を切りだす。


今日はこの間のような通り雨もなさそうだ。
雲はあるものの、綺麗な青空が広がっている。


手が空いていた茜凪と烏丸は、時間を合わせて甘味屋へと繰り出したのだった。



「そ。なんかそれが奇怪でさ」


「奇怪?」


「おかしーんだよ、色々と」



烏丸が話す奇怪な辻斬り事件の全容はこうだ。



「今のところ新しい犯行の情報はないらしいんだけど、数日前に二人も殺されたらしくて」


「……」


「河原通りと御池通りらしいんだけどさ。何か聞いてると変なんだよ」


「ですから、具体的にはどのように……?」



痺れを切らして、茜凪が団子を持つ手を止めれば、烏丸が頭を掻きながら居心地悪そうに呟く。


まるで、身内がやっているような犯行だというように。



「なんか目撃者が……紙が人になったとか言ってんの」


「―――」


「しかも、見廻り組? なんとか組だか何だか知らないけど、所司代から派遣した侍が現場に居合わせたしくてさ。その紙から人になった敵が斬れなかったらしいんだ」


「斬れなかった?」


「殺せなかったってこと」



さすがにお互い――大食いだが――手が止まる。
まず、おかしい。
紙が人になること自体。



「人になる紙ってとこ、引っかからないか?」


「…」


「こんなこと考えたくないけど、北見の奴らが人間を殺めてるんじゃって思っちまって」



茜凪も烏丸も知っている。
紙が人となり、命を持っているかのように動くことを。
よく知った、慕っていた男が使う力。



「式神が……人を殺しているってことですか」


「まだ確定じゃねぇよ?俺の憶測。てか、そうであってほしくない話」


「どちらにしたって、所司代や見廻り組が動くのでしょうから、噂の続きを待ってみたらどうでしょうか?」


「うーん……」


「北見の方々にそう聞くのは、さすがに気が引けますし」





.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ