薄桜鬼

□37. 最期の願い
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京の中心部から西へ進んだ、都の外れ。
大坂へと隣接する山が聳える麓と、峠を越えようとする人々が往来する道がある。


麓には大きな川が流れており、恐らく老人たちが市中で話をしていたのは、この川にかかる橋だと思った。





夜に出歩いたのは右差しの侍に出逢って以来、約一年ぶりの行動。


噂の通り、探している相手が見つかるかどうかは半信半疑だった。


そこで本当に再会できるとは―――思っていなかった。



「もうこんな無意味な戦いやめるべきだ」


「!」



橋に近付いた頃、どこからともなく小さな声が聞こえて来た。


声が聞こえて来たので、橋の下か、近くにいると思ったのだが、音源は背後の通りの方から聞こえる。


踵を返し、元来た道を音を立てず、ゆっくりと歩き近付いてみる。



「お前が俺を殺したところで、虚しさは無くならないよ」


「相変わらずの減らず口だなぁ」


「お互い様さ」


「無くならないとしても、君が死ぬことで僕は清々すると思うんだよね」


「似てない真似っ子だな」



音源、会話はどんどんと大きくなっていく。


同時に、左胸が早鐘を打った。
緊張で指先が凍え、鼓動の音がうるさくて仕方ない。



「沖田 総司に化けるなら、もっとマシな腕してくれよな。俺ががっかりしちゃうよ」


「!」



通りから更に曲がった裏通り。


人気の少ない小さな通り。


雪が降り出し、視界が悪くなりそうな場所で。


探し求めた人物はいた。



「兄様……!」





第三十七幕
最期の願い






声は押し殺した。
漏れた声も聞こえない程度であったのは幸いだ。


目の前に間違いなく映し出された光景に、絶句する。


刀を抜いた藍人と、浅葱色の羽織りを着た白髪赤眼の男が対峙している。


約一年ぶりに再会した藍人は、とんでもなくやつれて疲れているのがすぐに分かった。
顔色もよくないし、目を凝らして見れば傷だらけ。


今も腕から多少の流血が見える。


実力でというわけではなく、状況が藍人を追い込んでいるように見えた。



「なぁ、お前……ずっとそうやって生きてくつもりなの?」


「…」


「俺を殺して、それで幸せになれると思ってるなら…ただのバカだよ」



藍人は何かを説得するような口調で、白髪の男に問いかけ続けていた。


見ていることが辛くて、目を背けてしまう。


自然と込み上げた涙を必死で抑え込むことしか考えられなかった。


吐き出される吐息も、さっき見た光景も脳に焼き付いて。
見たことない辛そうな藍人に、全身が痛い。


全部聞こえないように、全部見えないように、手で全てを覆い隠したくなった。



「俺を殺して、式神師を滅ぼしたところでお前が欲している女の心は手に入らないし」


「うるさい」


「幸せになんてなれない」


「うるさいよ、君」



そこからは再びの乱戦。


刃が交える音が辺り一面に響き渡る。


来なければ良かったと後悔し始めた頃にはもう遅かった。
途中からの会話も読めない状況も、自分がここにいて役に立つわけなんてなかったのに。



「死ねっ!北見 藍人ッ!」


「ぐッ!?」


「兄様……っ」



響く声に、茜凪は再び目を開く。


まさかとは思ったが、そのまさかだった。


追い込まれた藍人、彼を追い込んだ白髪の男。


藍人が負けるはずないと思っていたのに、鍔迫り合いになった今、彼は男に押し負けていた。



「現役三頭である北見の妖でしょ?しかも頭領のくせに、まさか僕に負けるとか―――」


「……ッ」


「弱すぎるでしょ」



何が起きたのか、理解できないままだった。


甲高い音が伝わり、目の前の白刃が一つ弾かれた。


宙を舞う刀と背後に押しやられ、倒れ込んだ藍人。


さっきよりも流血の量が増え、怪我をしているのは嫌でも理解できた。





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