紫電一閃
□35. 一夜
1ページ/4ページ
「敵は恐らく、この間の羅刹だ。気を抜くなよ」
「あぁ」
「わかってるって、土方さん!」
慶応三年 十月。
屯所を不動堂村に移した新選組は、毎日のように忙しく働いていた。
たまに斎藤が土方のもとへと御陵衛士の情報を伝えにくるが、斎藤が間者をしているその関係もあり、信頼できる者の人手不足を感じずにはいられない日々。
沖田は病に臥せってしまっているから、こうして羅刹の件で今となっては彼を外へ駆り出すことも出来なくなってしまった。
ここ最近、巷では再び羅刹の話が浮上していた。
壬生にいた頃とは違い、今、新選組は新たな羅刹を生み出した覚えはない。変若水の実験は山南がしていることに変わりはないが、市中に羅刹らしきものが徘徊する事態を作った覚えはなかった。
つまり、前回斎藤にも伝えた“羅刹”は、新選組以外から生まれた、または脱走した羅刹である。
早く捕まえるか、始末しなければならない。
夜の巡察に駆り出したのは、前回と同様の原田、そして永倉。
今日は動ける者が少ないということで、土方自らが屯所を空けることになった。
「さっきの悲鳴、二条の方だったな」
「手分けして探せ。いいか、見つけたら出来ることなら捕えろ。話しが出来る状態でなければ――殺せ」
静かに命令を下した土方と、羽織を着て頷いた二人の隊士。
留守になる屯所は近藤と井上に任せた。先に行かせた山崎と島田の姿を探しながら、三人はばらけて羅刹を殺すために動き始めた……。
吹く風がとても肌寒い。
残っていた残暑もなくなり、過ごしやすい季節も終わりを迎えたということか。
肌寒さを切りながら、彼らは走り続ける。
遠くもない未来にある一つの結末のもとまで。
第三十五片
一夜
ポタリ、ポタリ、と滴っていた音が消えた。
残されたカタチを見つめながら、小鞠はただただつまらなさそうに立っている。
彼女も肌寒さを感じたのであろう。身に纏われていた黒い羽織がいつもより印象的であった。
しかし、溜息一つ零してから彼女はそれを脱ぎ捨てて、残されたカタチの上に放り投げる。
カタチは顔も何も見えなくなり、“何か”があった形跡だけを訴えていた。
「……弱くて、脆くて……救いようもない」
脱ぎ捨てた羽織に未練など感じていないようだった。
刻限は丑三つ時を過ぎた頃だった。ただの町娘が出歩くような時間ではないのは本人でも承知しているだろう。
羽織を捨てたところから、どれくらい来ただろうか。
大通りを横切り、二条の通りから祇園へ戻ろうとしていた時だ。
「止まれ」
低い声。
首筋に宛てられた冷たい感触。
この感覚を、小鞠は知っていた。よく、つい最近、多く感じていたものだ。
言われた通りにとりあえず止まってやる。いいとも言われてないのに、小鞠は振り返って相手の顔を見てやった。
「……その羽織」
月明かりに照らされて、黒く長い髪を束ねた役者のような男が立っていた。
浅葱色の羽織、どこかで見覚えがあると思い返してから、“あぁ、さいとーさんの関係者ね”と思い出した。
「新選組があたしに何の用ですか?」
「お前、こんな夜更けに一人で何してやがる」
「先に質問したのはあたしだけど。人に刀向ける前に答えたらどうですか?」
「てめぇ……自分の立場がわかってねぇみたいだな。斬られたいのか?」
「どうぞ?人間如きにあたしが殺せるなら」
大通りから離れたといっても、ここも比較的見つけやすい場所にある。
土方……など、小鞠は相手の名前も知らないだろうが、多くの人数に見つかるのも時間の問題だった。
「“人間如き”……?」
「それで、用があるんじゃないんですか?ないなら帰りますけど」
違和感を覚えたのは土方だろう。
冒頭から今に至るまで、二条の通りを隅々まで回ったが、人など誰一人いなかった。
そこに現れた一人の町娘。風貌はいかにも娘であるが、どう考えても普通ではない。出歩いている時間も、そして刀を向けられた時の対応も。
それに“人間如き”という言葉。まるで己は人ではないような――。
「おい、土方さん!」
「あれ……そいつ……」
土方が考えている間に、道を挟むようにして原田と永倉が現れた。
刀はまだ納められておらず、土方の愛刀が小鞠の首をかすめたままだ。
原田は少し惑うようにしていたが、永倉に関しては小鞠の顔を見て何かに気付いたようだった。
「なぁ、左之……この嬢ちゃん、確か斎藤とこの間助けた……」
「あぁ。どっかで見たことがあると思ったが間違いねぇな」
.