紫電一閃
□33. 伏線
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「で。それで着物をびしょびしょにして、二人で帰ってきたと」
「正確には四人です……」
「おまけに浪士を相手にして挑発までしたと」
「いや、今日はしていません」
「斎藤さんが来なければ、重丸くんの命が失われていたかもしれないと」
「それは……そうかもしれませんが、でも私は――」
「言い訳しないッッ!」
「痛っ」
バシッといい音を響かせて、茜凪の頭に鉄拳制裁が喰らった。
畳の上に正座させられた茜凪と、その横で彼女を憐みの視線で見つめる重丸、小鞠、そして斎藤。
正面に仁王立ちして茜凪を見下ろした菖蒲は、鬼のような形相で彼女を睨みつけている。
「あんた、なんで反省しないわけ?」
「反省してます」
「口だけでしょ!嘘おっしゃい!」
「そんなことありません!状況が状況だったからどうしてもああならざるを得なかったというか……ッ」
「うるさい。あんた今日、晩御飯なしだからね」
「え!?」
昼間の事情を聞いた菖蒲は、着物が悲惨なことになっているのに対しても、茜凪が色々と自覚をしていないことに対しても憤りを感じていた。
お風呂に入り、着物も着替え、おまけに付きあわせてしまった斎藤の着物も、全て菖蒲に面倒をみてもらったところ。
返す言葉も本来ならないが、でてきてしまった言い訳は今更しまえない。
どうしても受けなければならない罰則は、晩御飯抜きということに確定したようだ。
「斎藤さんにも謝ったの!?重丸くんにも!」
「ご、ごめんなさい……」
「ねえちゃん、そんな気にしいひんといて……。おらが誘ったのがいけなかったんや……」
茜凪の隣で一緒に項垂れる重丸に、茜凪は更に罪悪感を募らせていた。
斎藤も小鞠も何も言わなかったけれど、斎藤は先程怒りをきちんとぶつけていたので口を開かないだけ。
小鞠に関しては、どこか別の意味で何も言わなかったようで、ただただ菖蒲を見上げていた……。
「とにかく、わたしは夕餉の支度をするから。重丸くんも、斎藤さんもよかったら食べて行って」
「……すまない。馳走になろう」
「お、おらは……」
重丸は茜凪を差し置いて、自分だけご飯に在りつくことを気にしているようだった。
茜凪が大食いなのも知っているので、尚更いい気がしないらしい。幼いなりによく出来た子供だ。
茜凪は重丸が投げてきた視線の意味を悟ったので、優しく微笑み返してやった。
「重丸くん。食べて行ってください。帰りは私が送りますから」
「で、でも……」
「私なら一食抜いても平気です。明日の朝、倍の量食べるので」
「調子に乗らないで。あんたのその倍の量、用意するの誰だと思ってんの」
菖蒲から怒号が再び飛んでくることも気にせずに、茜凪は重丸を説得した。
そのまま部屋で謹慎扱いになった茜凪は広間から姿を消すことになる。
斎藤は静かに彼女の背を目で追っていたけれど、重丸はまだあわあわと挙動不審なままだ。
残された小鞠は、菖蒲からようやく視線を離し……つまらなさそうに茜色に染まる京の町を見つめていた……。
第三十三片
伏線
夕餉を終えて、酒盛りにきた客が菖蒲と談笑を楽しんでいるのが見える。
以前は毎日のように通っていたここも、気付けば懐かしく思えるほどだった。
斎藤はいつもの奥にある座敷で着物が乾くのを待ちながら、烏丸がいなくなった場所で狛神と言葉を交わしていた。
「烏丸から連絡は何かあったか?」
「いや、特に何も」
烏丸がいないこの空間は、少しばかり静寂すぎる。
茜凪も今は部屋にいるし、ここにいるのは少し異様な面子。
斎藤、狛神、重丸、そして小鞠。
水無月はまだ裏方で菖蒲の手伝いをしているようだ。
膳も片づけられた座敷で、狛神と月を見ながら淡々とした会話を続けていく。
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