紫電一閃 弐

□53. 体温
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「斎藤。ちょいと使いを頼まれちゃくれねぇか」



連日、ぱらぱらと雪が降り出すようになった慶応三年 師走。


伏見奉行所に詰めるようになってから新選組は休む暇もなく働いていた。


主に土方や近藤の仕事は幕府の者と話をすることであり、最近は二条城に立ち寄ることが増えていたという。


そんな中、斎藤を呼び出した土方は目線を合わせることなく書状に筆を走らせながら告げた言葉。使いというものだから、どこか遠方に行くのか、はたまた近しい場所に行くとしても厄介ごとを抱えていくのだろうと考えていた。今までが、そんな仕事が多かったからというのもある。



「御意。どちらまで」


「伏見稲荷まで行って来い」


「は……?」


「行けばわかる。原田がいるはずだから、着いたらアイツに聞いてくれ」



伏見稲荷。いわゆる神社だ。


伏見奉行所から遠くなく、目と鼻の先と言っても過言ではない距離にあるあの神社に一体なんの使いがあるというのか。


湧いては増えていく疑問を、土方にぶつけてやろうと思ったが、彼が信頼する鬼の副長が続けた言葉には含みがあると考え何も言えなくなってしまった。



「斎藤。俺はお前にいつか“後悔しないようにしろ”と言ったよな」


「……はい」



あれは確か茜凪が料亭に預けられ、体調の回復を待っていた間の話だ。


自分が後悔しないように動いてみろと言われた、約一年ほど前の話を今でも覚えている。



「今、敢えて同じ言葉をお前に言う。――……後悔しないようにな」


「……――」


「これから俺たちは確実に薩長軍と戦になるだろう。一年前とは訳が違う。そこを履き違えるな」



何に対して言われているのか、即座に理解した。土方は遠回しに“茜凪”と己の関係について告げて来ている。


菖蒲が何かを吹き込んだのか。はたまた土方自身の考えか。どちらにしても、鬼の副長は鬼になりきれていないということを少しだけ思ってしまう。まだ茜凪のことだと決まったわけではないのに、なんとなく察してしまった。



「――……はい」




手短に答えて、そのまま奉行所を出た。


重たい足取り。枷がついたように感じるのは、きっと先日、旭に言われた言葉が今でもまだどこかで答えを探しているからだ。


彼女を守るためには、どうするべきだというのか。自分はどう答えを出したいのか。何故、迷いながらも傍にいたいと願うのか。


考えても、斎藤には答えが出る予感がしなかった。





第五十三片
体温





奉行所を出てしばらくすると、伏見稲荷の入り口である小道に辿り着いた。


案の定、そこにいたのには見覚えのある人物が二人。


一人は背も高く大柄であり、赤髪の筋肉質の男。もう一人はもはや見慣れた一人の妖狐であった。


「……」



やはり、か。そんな気はしていたんだ。


呼び出されたことには、きっと茜凪が関係しているのだろう、と。


こうして逢瀬を用意してくれた仲間に感謝しつつも、同時に逃げたくなるような衝動に駆られる。今、彼女とまともに話をすることは出来れば避けたい。土方の命令が絡んでいなければ、きっと……。


そう思った時点で、己の弱さが滲み出ていたのに斎藤は既に気付いている。



「……来たか」


「左之……」


「はじめくん……!?」



隠れるわけにもいかず、談笑していた二人の前まで行けば赤髪の大柄の男――原田が目を細めて笑っていた。


傍らに佇むだけの少女は、また少しほっそりと痩せこけた気がした。


一番驚いたのは茜凪だったようだ。斎藤が来るとは聞いておらず、むしろここで原田と談笑していた理由すら知らない気がした。どうして呼ばれたのかを教えてもらっていなかったのだろう。



「んじゃ、揃ったことだし行って来いよ」


「え?」


「左之、これは一体どいゆう……」


「せっかく伏見稲荷まで来たんだ。千本の鳥居でも見ながら冬の京を満喫して来いって。きっと夕陽に照らされて綺麗だぜ」



来たことがないわけではなかったけれど、まぁ想像すれば綺麗な夕陽を拝められるのは容易に考えられた。


だが、使いがまさか本当に茜凪と二人で参拝だなんて。



「あの、左之助さん……私なにも……」


「ほら、いいからいいから。なっ」


「わ……っ」



肩に手を置かれ、ぽんっと前に押し出されればそのままよろけてしまった。


前に立ってた斎藤が軽く腕を掴んで受け止めてやれば、原田はまるで二人の恋路を見つめるような視線で微笑む。



「土方さんには、斎藤が使いを全うしてたって伝えとくからよ」


「お、おい左之……っ」


「ちょっと左之助さん……っ!」


「んじゃ、あんまり遅くならないうちに帰ってこいよ。斎藤」



そのまま背を向けて歩き出した原田に、斎藤は刹那唖然としてしまった。もっと驚いていたのは茜凪だ。開いた口が塞がらないようだった。



「……」


「……」



二人、寄り添ったまましばしの沈黙。


悩んだ挙句、これも土方の命令か……なんてどこか言い訳を用意しながら斎藤はゆっくりと鳥居に向かって歩き出した。



「あの、はじめくん……っ」



まだきょろきょろと迷うように原田の背中と斎藤の背中を見つめていた茜凪だったけれど、諦めたのか……そのまま斎藤の背に追いつけるように駈け出したのだった。



「……」



風に吹かれる京。


今日はいい天気であり、西から傾く橙色の光も鮮やかに通していく。


遠く、高い建物の屋根から、二人が伏見稲荷に足を踏み入れて行ったのを見届けていたのは天狗の妖。靡く髪、伸びる影など構わずに切ない面で二人を見守る。



「……頼むぜ。一」



このままの茜凪が詩織に勝てるとは思わない。


もちろん、小鞠の死が癒えないのは烏丸とて一緒ではあったが、己の身より彼は茜凪が大切だった。



「茜凪を……――」





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