紫電一閃 弐

□51. 天満屋
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全てがわからなくなりかけていた。


一体なにが正しくて、一体なにが間違いであるのかさえも、見失いかけていた。


念頭に渦巻くのは、どうして気付いて、救ってあげられなかったのかということ。


たった一人の、同じ立場で同じ女の、友人だった。


危険信号は何度も送られてきていたはずだ。どこで見逃していたのか、どうして気を配ってやれなかったのか。


大それたことを出来る立場であるなどと思ったこともないし、日本で最強の狐といわれてもイマイチしっくりとこない。


わかるのは、もうあの笑顔に出会うことも出来ないし、巡り会えたとしても来世か。そもそも来世で彼女に会う資格が今の自分には与えられていないことを茜凪は重々理解していた。



「北見……旭……」



天満屋。


今、茜凪はどういうことか、任務中である斎藤の目が届くところに置かれていた。




――北見 旭。


彼女が攻め入ってきたのはつい数日前のこと。


油小路の変が起きた同日のことだった。


茜凪の実力試しのために訪れた彼女だったが、今の茜凪が使い者にならないことを理解して一度身を退いたように思えた。


彼……いや、彼女は藍人の実の姉であり、絶縁関係にあった血縁者である。


藍人に茜凪が拾われた頃には、その姉とは既に縁を切っていたようで、茜凪は旭のことを全く知らずに今まで過ごしてきたのだ。


そんな彼女が今、何かを敵とみなし、何かを倒すために力を求めている。


小鞠のことですら、彼女の耳には既に届いていた。


どこからの情報網だかわかりしれないが、小鞠の死について“死んだ”ということ以外にも知っているのだとすれば、旭は妖の羅刹について何かを知っているかもしれない。


問い質して無理やりにでも仕入れたい情報であったにも関わらず、茜凪は立ち去る旭を追うことが出来なかった。



「……」



とある一室に敷かれた布団の上で時間が過ぎるのだけを待つ。


小さく小さく縮こまりながら、ただただ布団の中で足をたたんで目を細めていた。暗闇がすぐそこまでやってきていて、呑み込まれても仕方ないと思ってしまった。



「(……弱ってる場合じゃないのに)」



重丸はあのあと斎藤によって家まで送り返され、茜凪はそのまま天満屋に半ば軟禁のような状態にあっている。


土方に相談を重ねた斎藤と烏丸の頼みから、今は料亭に帰さない方がいいという結論に至ったらしい。


理由は、彼女の身を案じる者が傍にいれば、茜凪はまた無理に笑って飄々と過ごしていくだろうという憶測から。烏丸は酷くそれを避けたがっていた。


斎藤にも、会っていない土方にすら茜凪の心労は目に見えていたので“ならば一人になれて、且つ誰かの目に留まる場所”とあがった時、斎藤が詰めている天満屋に置くのがいいという結果に導かれた。


斎藤は隊務中。彼女にかまけている暇はないが、何かあった時にすぐ傍に居る。臨機応変にそこは対応しろという命令を受け、斎藤のもとに預けられることになった。


もちろん、茜凪は斎藤や烏丸、そして土方が秘密裏にそんなことをしていたなんて知りもしないだろうけれど。



「寒い……、」



火鉢は既にこと切れた。


布団だけが頼りになるこの部屋で、茜凪はただただ時を過ごす。


外の暗みが射した昼ごろの空は、雪の結晶を生み始めていたことに彼女はまだ気付いていなかった。





第五十一片
天満屋







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