紫電一閃 弐

□45. 破暁
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「茜凪ッッ!!!!」


「――っ」



妖術の一つに、身代わりを召喚させるものがある。


茜凪が冷静に見えて、我を忘れかけながら対峙した敵は、茜凪が油断した刹那にその術を繰り出した。


同時に身代わりを爆発させるような術をかけ、手が届きそうと思い近付いてきた茜凪を傷付けることとなるだろう。


目の前で、懐かしい色をした紫の光が爆破へと導かれる。


足掻いても、退いたとしても今の体制で己がもてる最速の動きをすることは出来ない。


頭の片隅で、狛神や斎藤、千鶴が名前を呼んでいるのを聞いていた。


見開いた目をようやく逸らし、爆風から少しでも体を守ろうと腕を前に出した時だった。



「!」



ガッと視界の悪い頭上から襟首を掴まれ、そのまま持ち上げられた。


体が宙に浮いて、抱き留められる感覚。


二の腕には鋭い爪のようなもので傷付けないように最善の注意を払いながら守られているのがわかった。


そのままされるがままに体を守られていれば、いつの間にか爆発する音は遥か後方で鳴り響いた気がする。


次にしっかりと目を開き、意識をはっきりさせられたのは、真っ暗な闇の中だった。


しかし、茜凪はこの暗さを知っている。



いつもじゃれ合う時とは違う、妖としての腕は逞しく、元から背は高い相手ではあるけれど、獣化した今は更に大きく見えた。


片手だけで支えられているのを理解したと同時に、暗かった世界は開かれる。


大きくバサリと音を立てた漆黒の羽は、何度か動きを見せながら茜凪を確実に守り切っていた。



「茜凪さん……!」



千鶴の声にようやく反応できた。


未だに体を支えてくれている大きな腕と、鋭い爪、漆黒の羽、立派な嘴を携えた男の名前を呼んでやる。



「烏丸……」



真っ黒な瞳は、妖が力を発揮する時の赤い瞳に変わっていた。


少しだけ呆れたような、心配したような目で見つめられれば居心地が悪くなったのは仕方ないことか。


顔を逸らすと同時にハッと思い出し、茜凪は烏丸の片腕の中から暴れ出す。



「敵は……ッ」


「あ、ちょっとオイッ!」



獣化した烏丸の胸板を押し返し、先程までいた場所を振り返りながら茜凪は笠の女の姿を探していた。


しかし、残されているのは爆風で形を悪くした地面だけであり、彼女の姿はどこにもない。


敵が張っていた結界も破れ、天から月の光が差し込んでいる。


逃げられたのだと悟った。



「こら、暴れんなって……!」


「放してくださいッ!」


「茜凪ッ、ちょ……オイッ!!!」



腕を叩くわ、嘴を押しのけるわ、とにかく烏丸の腕の中から体を自由にしようと本気で暴れる茜凪に、烏丸が声を荒げた。


しかし、獣化している揚句、体格差も見て同然であり茜凪の動きは結局封じ込められてしまう。


最後の最後は足を地面につけない状態で羽交い絞めにされて、茜凪はようやく動きを止めた。


だがあくまで止めたのは体だけ。口から飛び出る言葉が留まることは知らなかった。



「放してッ!!!」


「今更追いかけたところで捕まえられる相手じゃねえって」


「うるさいです!いいから下ろしてくださいッ!」


「今お前をここで下したら何するかわかったもんじゃねぇだろうが」


「決まってるじゃないですか!相手を追わないと……ッ」



そこまで言いかけて、言葉が詰まった。



「……っ、追わないと……!」


「……」


「小鞠が……っ」



それ以上……何も言えなかった。


奥歯を強く噛んで、握りしめた拳はわなわなと震えだした。


この悔しさや痛みをどこに向けていいかが分からない。


目の前で、目の前で大切な命は見事に踊らされ、自分を守り、消えていった。


死んだのではない。悲惨な終わり方で、消えたのだ。



「……間に合わなかったか」



暴れるのをやめて、全身の力を抜き、ただ拳だけを握りしめている茜凪を烏丸はそっと下ろして、小鞠がいた場所をみつめる。


静かに零した言葉には、何かを知っているように聞こえた。




結界が消えた。


屯所にいた者を昏睡状態にさせるための妖術もじきに解けるであろう。


獣化したままの烏丸がいたのでは、大問題になる。


翼でもう一度、己の体を包んだ烏丸はゆっくりと息を吐き、いつもの人の姿に戻った。


重丸がその光景を、体を起こしながら目を逸らさずに見つめていた……。



「茜凪」


「……ッ」



名前を呼ばれた茜凪は、聞きたくないとでもいうようにして体を返し、屯所の出口へと向かって行く。


勢いからして、敵を……笠の女を追うわけではなさそうだ。


ぼろぼろの着物を引きずりながら、茜凪は新選組の間を掻き分けてそのまま一度姿を消してしまった。


彼女とすれ違ったのに、斎藤は何も声をかけることは出来なかった。


ただ、泣きもせず声をあげずに悔しそうに表情を歪める姿は、今までにみたことのないくらい彼女の悲痛な叫びだっただろう。


目に留めた光景が忘れられそうにない。


思わず小鞠がいた箇所に残る灰を見つめて、斎藤は目を細めた。



「子春」


「はい」



茜凪が屯所から出て行ったのを見届けて、烏丸は名前を呼んだ。


子春、と呼ばれた少女は烏丸の問いに間髪置かずに現れて、背後に控えた。



「茜凪をつけといてくれ。敵を追うようだったら、全力で止めろ」


「それは、彼女を傷付けてもいい。と……?」


「いい。殺すつもりでかかれ。どうせ死なない」


「……御意」



そのまま音なく消えた子春を見届けてから、烏丸は再び小鞠がいた場所を見つめた。


残された小太刀の鞘、刀自体は途中まで茜凪が扱っていたので別の場所に落ちていた。



「……やはり、羅刹だったか」



無念の籠る声で吐き出したのは、遅すぎるものだった……。





第四十五片
破暁







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