薄桜鬼 弐

□50. 狐狸
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次に炎の壁が消えた時、茜凪と烏丸は一気に駆けだした。
視界が悪くとも負けるつもりはないという烏丸に、羅刹化した沖田。


茜凪と彼女より馬力のある斎藤。


なんとか耐え、傷を負いつつ戦い続けてくれていた狛神も確認できた。


ここから反撃とでもいうように、“どうしたらいいか分からない”といっていた彼女たちの表情が変わる。


それを見つめていた本物の斎藤が七緒に尋ねた。



「何故、楸たちに答えを与えたのだ」


「…」


「そうだよ、君からしたら良くないことじゃないの?」



沖田も加わり、悲しそうに笑みを浮かべる彼女を見やる。
ただ、俯いて笑った七緒は、不思議そうに吐き捨てた。



「……なんでかな」



―――ただそうすることで、影法師が少しでも救われるなら。


まだ罪を償い、共に歩いていける可能性があるならば。


まだ……まだ……。



「ただ……伝えなきゃいけないと思っただけよ」





第五十幕
狐狸






謎は解けた。
あとは実行するだけ。


ただ、相手を斬ってはいけないということが変わらないので劣勢であることに変わりはない。


それでも、茜凪は諦めなかった。


それは烏丸も。



「ハァァアアアッッ!!!!」



持てる妖術を全開にして、烏丸が瞳を赤く変えながら羅刹の沖田に斬り迫る。


茜凪の考えた作戦を実行するために、機会を窺いながら。


狛神や風間も何かを悟り、あと少し……と耐え忍んだ。
しかし、意外にも圧されてしまっていたのは茜凪自身。



「く…ッ」


「…」



影の斎藤の力は強い。
腹部の痛みも、首の痛みも、心臓の痛みも拭えない。


その状況で力を出さなければならないことがとても辛い。


言い訳にはならないが、剣が弾き返されたのは当然のこと。



「な……ッ」



再び体勢が崩れ、先程のことをまるで学習していないようにして茜凪が吹っ飛ばされた。


むしろ先程よりも強い力で弾かれたようで、茜凪は新選組の真ん中まで突っ込んで来る。


永倉にぶつかり留まったが、フラフラの体は立つことが出来なかった。
刹那、彼女の瞳の色は一瞬だけ、いつもより色を濃くした―――。



「く…ぅ…ッ」


「茜凪!」


「おい、茜凪ちゃんッ!」



永倉が体で支えつつ、立ち上がろうとして倒れたところを菖蒲が支える。


茜凪を追って来る影の斎藤が見えたので、水無月が舌打ちをかましつつ、水煙術で水の壁を現した。


視界が遮られ、敵側からは何も見えなくなる。
それは外に出ていた烏丸も同じだった。



「くそ!」



沖田の隙を見つけられず、攻撃をしかける事が出来ないまま、烏丸も一旦水の中へと戻る。


茜凪の状態が分からなければ、作戦を仕掛けることなんて出来ない。


しかし烏丸が戻って、間髪置かずに水煙術は破られた。



「な……ッ」



烏丸を追い、水を恐れずに突っ込んできた沖田を剣で再び抑え込む。


茜凪は既に気を失って倒れており、使いものにならなさそうだ。
状況を理解した狛神が、茜凪がいない状況で烏丸が沖田と斎藤を相手にできるはずないと顔を歪ませる。


影の永倉を放り出して退こうとする彼が見えたのだろう。
烏丸が狛神に向けて声をあげた。



「前向け狛神ッ!」


「ッ!」



一瞬。


一瞬だけ違和感を感じた。



「ここは俺が抑え込む」


「お前……沖田と斎藤相手だぞ…ッ」



だからといって、影の永倉を置いておけば撃剣師範を三人相手にすることになるのだが。


―――それでも、烏丸は笑っていた。


とても不敵な笑みで。



「任せろ」



決して、沖田と斎藤の力を甘く見ているわけではない。


だが、一つの悟りを開いたかのような表情はとても潔かった。


狛神が、退こうとしていた足を―――戻す。



「来い」



中段で構えた剣。


前には羅刹と左構えの男。


正直、勝てるとは思わない。


それでもやるしかないのだ。





踏み切りは三人同時だった。


誰かが劣ることもなく、素早い速度で戦闘が繰り広げられる。


まず、斎藤の剣を流し背後へ。


そこへ迫った沖田の剣を受け流し、逆から攻め入る。


交わされるのは分かっていた。


だが、交わされた先から来る斎藤の剣撃も読めていたので問題はない。


あとは機会を見て、どうにか状況を変えていくだけ―――。




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