薄桜鬼 弐
□49. 苦しみを厭わず
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戦火の火蓋は切って落とされた。
「はぁぁああぁあ!!!!」
声を張り上げて、新選組幹部から生み出された影に挑み続ける妖たち。
そこに加わった鬼である風間、天霧、不知火。
六対六がつくりだされた西本願寺では、人外の戦いが勢いを増していく。
「畜生、このまま俺たちが捕まってたら凛達は勝てねぇじゃん!」
「そうさな……俺達がこの状況を打開しないと」
平助が捕えられ、依然動けないままの体に力を込める。
意味などないと分かっている。
相手は妖の術だ、人間がそう簡単に解けるはずがない。
それでも、抗い続けないと気持ちが負けてしまいそうだった。
その中でも動きを忘れ、食い入るように戦火を見つめていたのは土方、沖田、斎藤だった。
土方は、どこかに体を自由にする手段がないかと考えを巡らせての行動だったが、あとの二人は違う。
烏丸と茜凪。
二人の剣術が己の影に勝るのかを見ていたのだ。
「彼、あんなに強かったっけ?」
沖田が思わず口から零した言葉は、境内で手合わせした時よりも力を増したように思えた烏丸の動きからだった。
とんでもない剣さばきを見せる彼に、手を抜かれていたのかと考えるが……恐らく違う。
相手が人間であり、自身の素性を隠さなければならない状態で妖として本気を出せなかったのだろう。
ばれてしまったものはしょうがない、とでも言うように烏丸は本気で沖田とぶつかり合っていた。
一方の茜凪は、本物の斎藤が壬生寺で手合わせをした時とほぼほぼ動きは同じ。
受け流せ、と伝えたあの日から差ほど日が経っていないこともあり、長年の癖は変えられない。
受けては押し返し、相手の動きを見切り、退き、そして速度をあげて斬り込んで来る。
速さはやはり劣らないが、今一歩決定打に欠けた。
彼女の念頭にも“斬ってはいけない”という思いがあるからだろうが……。
「どうします?……土方さん」
「風間たちまで乱入してきてっし……」
「……」
沖田の問いに、答えられないのも事実だろう。
土方とて捕えられている身の一人。
打開が出来るのであれば、既にしているはずだ。
人間の武士で動ける者がいない現状。
それでも諦めなど見せずに、土方は戦場を睨み続けた。
「茜凪……ッ」
「藍人くん……」
酷い頭痛がする中、体を引き摺るようにして立ち上がる藍人。
命令に背き続けた人形は、身体的に辛そうだ。
それでも懸命に戦っている仲間たちを見たら、己を鼓舞し、立ち上がるしかないと言い聞かせたのだろう。
ゆっくり、ゆっくり前に出て行こうとするが、途中でガクリと膝から崩れ落ちる。
「七緒……さま……」
「……」
“行くな”と念じたように、七緒が指を折り曲げたのだ。
繊な指先が曲を描くと藍人は本当に動けなくなる。
彼は、操り人形。
七緒の指令に何度も背ける訳もない。
「アンタ……どうして分からないのよッ!」
「…ッ」
ついに我慢ならない、というように菖蒲が七緒に掴みかかった。
止める者が誰もいない今、藍人を愛した者がぶつかり合う。
「こんな事になったのは、アンタの部下が色々起こしたせいでしょ!止めなさいよッ」
「……っ、この戦いを仕掛けたのはあたしよッ?その原点を思い返せば、人間であるお前が藍人の傍にいたのがいけないんじゃない」
「なにそれ……ッ」
「お前さえいなければ、あたし達が苦しむことも無かったのに」
未だに折れない七緒の想いに、菖蒲が傷口から血が出た手で彼女の襟首を強く掴んだ。
恐らく、言い争いは止まらないだろう。
当人同士が何かをしようとも意味など無い、解決に導くためにはどちらかが折れないとならない。
気が強い二人だけで、その糸口を掴めるはずもないのだ。
「全部、お前がいけないのよ人間」
「……っ」
「お前みたいな人間がいなければ、みんな救われたわ」
「……」
「お友達であるあの春霞の娘も、烏丸も、全員」
「……―――」
菖蒲は何かを悟ったように、襟首を掴んでいた手を……離した。
諦めとは言えないけれど、涙が溢れて止まらないというように、切なくて、痛みを堪える顔をしていた。
水無月の傍についていた千鶴が、突然静まった空間に顔をあげる。
「じゃあ……」
次に菖蒲が放った言葉は、誰を思っていたのだろう。
「わたしがいなかったとして、藍人くんとアンタが結ばれていたとして、」
何を悔しがっていたのだろうか。
否、誰の立場で考え、悲しんでいたのだろう。
「アンタを愛してた、あの影使いの男は……それで救われたの……?」
「え…―――」
「ずっとアンタの傍に仕えた人は、その人の心は……それで救われたの……?」
第四十九幕
苦しみを厭わず
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