薄桜鬼 弐

□47. 影からの螺旋劇
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昔、暗闇のなかに閉じ込められていた頃。
古い古い書物で読んだことがある。


関ヶ原の合戦よりも前、この妖界を統べていたのは白狐だったと。


その白狐が一時期絶滅まで追い込まれたのが関ヶ原の合戦であり、白狐の純血の犠牲は大きかったと聞いた。


だから時の権力者は白狐から北見家、式神師となり、そして多々良の傀儡師の三つ巴となった説があるそうだ。
かろうじて生き残った純血の白孤春霞が妖界を支えて来たのだと。


関ヶ原の合戦以降、犠牲が多く出たことにより妖界の表舞台で目立たなくなった春霞を“弱者”として罵り、三頭の中でも下等と見下す見解や発言が増えたらしい。


故に、あたし達は忘れている。
この妖界の中で、誰よりも怒らせてはならないのが白狐であると。


神々しい姿とは裏腹に、烈火の如くに繰り出す炎は大地を延々と呑み込み続ける。


合戦以降、春霞の生き残りを怒らせた烏丸の一族の者が灰となり消し去られたとも聞いた。


妖は自分に向けられた痛みや、他人を憎む憎悪で力を増す。
特にその傾向が強かったのが、狛神家、多々良、そして春霞家だった。


春霞。
白狐の純血を怒らせてはならない―――。
鬼の朧家に忠義を尽くし、滅んだ春霞だが滅んだ今となっては確かに恐れる敵ではないのかもしれない。
だけど……生きているのならば、話は別だ。



「影…法師が……―――?」



背筋に悪寒が走る。


三頭の姫君と言われたあたし……この多々良 七緒ですら春霞 茜凪の放つものに恐怖を覚える。
精神的苦痛だけではない。
怒りの空気に触れただけで、キリキリと肌が細い糸で絞めつけられるような痛みを覚えた。


その殺気は今―――長年、あたしに仕えた男に向けられている。



「終わりにしませんか。偽りの沖田さん」


「ククッ……フハハハハ…」



この男に、名前はない。
影を操るはぐれ者。


数少ない妖でたまたま多々良が庇護し、長い間主従関係においてきた者。
里ではただの雑用係として扱われる。


あたしが生まれてからというものの、牢に閉じ込められた姫君の監視役として傍にあったのはこの男だった。


その男を……影法師を、春霞の娘は“偽りの沖田”と呼んだ。



「どうなってるの……」



この戦いを仕掛けたのは、あたしだ。
間違いなどない、このあたし。
多々良 七緒だ。


だけど、藍人を殺したのが、その悪行を裏で操った黒幕が……あたしの僕?
そんな……まさか。



「愚問か……。フフフ…、君は相変わらず察しがいい娘だね」


「……」


「僕はさっきまで、君が……楸 茜凪が誰だかなんて、分からなかったよ」


「饒舌ですね」


「僕もこの時を待ってたんだと思うんだよねぇ」



ギラギラと殺気ついた影法師の瞳が見える。
蛇を連想させるような、鋭い視線。
あんな顔、今まで見たことない。


今、楸と対峙している男を……あたしは知らない。



「これで僕は影の存在じゃなくなるからさ……」






第四十七幕
影からの螺旋劇





新選組が捕えられた個所の真ん中で、苦しい胸を押さえつつ、七緒はポカンとしていた。


菖蒲もまさか茜凪が七緒を仕留めずに、標的を変えたことに驚く。
誰もが、七緒が藍人を自分のものにするために彼を殺したと思っていたからだ。


これは一種の繰り返しだった。
藍人を沖田じゃない、と告げた時も彼女を“信じられない”という顔で見つめたものが山ほどいた。


同じ事。
茜凪には分かっても、他の者は分からないのだ。
それが、誰かを救えることになるなんて……誰も考えていないだろう。



「藍人……!」


「ぐ……ぅ……っ」



茜凪が七緒を自分の思う通りに動かせるようになったことで、藍人の呪縛も放たれた。
苦しそうに肩で呼吸をする藍人を、烏丸が連れて新選組の中心部に戻ってくる。


狛神も痛めつけられた傷を押さえながら、ようやく顔をあげたところだった。
全ての者が、影で繋がれた幹部の元に揃った。



「藍人……、」


「気をしっかり持ちなさい、藍人」


「藍人くん……ッ」



狛神や水無月、菖蒲が彼に駆け寄るが応える気力がないらしい。
対する烏丸は、影法師とたった一人で対峙した相棒を見つめる。


新選組も茜凪と、その先にいる敵を見ていた。



「君のせいで、この物語が全くもってつまらないものに変わってしまった」



興醒めだ、とでも言うように肩をすくませる男。
茜凪はただただ睨み続けた。



「いいあらすじだと思ったんだけどなぁ」


「貴方のせいで、どれだけの妖と人間が巻き込まれたと思っているんですか」


「関係ないね。僕は僕のしたいようにしただけだから」



全てが台無しになったという割に、どこか潔く笑う男。


全て諦めたと言っているが、“負けるつもりは微塵もない”と嘲笑されているようだった。



「楽しかったなぁ。影である僕が、自分の意志で戦いを起こして……自分の意志で、いろんな奴を殺せたんだから」





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