薄桜鬼 弐

□45. 春霞
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振り下ろされた、藍人の剣が何かを裂いた。


静寂と、水が弾ける音。
水は何の阻止も出来ず、形を成せずに元に戻る。


視界が開けた後、見えて来たのは……。



「菖蒲……」


「あいと……くん…、」



菖蒲ではなく、地面に己の剣を突き刺し、苦悩の表情で立ち尽くす藍人の姿だった。





第四十五幕
春霞





「藍人…くん……」



再び漏れた菖蒲の声に、張り詰めていた息を新選組の一同が解いた。
だが油断は出来ない状況であることは変わらない。


しかし、七緒の命に逆らえないはずの藍人が、何故……。



「俺には……出来ない………っ」


「え……」


「俺に……彼女は殺せない……ッ」


「―――」



影法師も、七緒も、狛神も。
動きを止め、藍人が発した言葉に唖然とする。
一番驚愕したのは七緒だった。



「藍人……?」


「……ッ」


「あたしの命令を聞けないの……?」



歪んだ笑顔が残るだけ。
七緒の笑みは藍人を突き刺すが、藍人は俯き菖蒲の瞳を真っ直ぐに見詰めた。
滲む涙が切なくて、苦しくて、一緒にいた時の藍人その人で……。



「菖蒲を……愛してる……」


「…っ」


「俺はこれを守りたくて……死と隣り合わせで戦ったのに……」


「―――」


「俺は……新選組を………妖から近付けないために……ッ」


「―――」


「愛した女を……殺すことは出来ない…ッ」



西本願寺中に響いた、彼の本音。
ずっとずっと戦い続けて来たように思えた。
切に、苦しそうに出て来た言葉は誰よりも誠を語っているように見える。



「今更、何言ってるの……?」



対になるように響いたのは、乾いた怒りを含んだ声。
憎悪が溢れた七緒の声だった。



「貴方はあたしのものでしょう?愛しているのはあたしでしょう?」


「……っ」


「そんなの認めない」



狂気を再び滲みだした七緒が、藍人や菖蒲の下まで駆け出す。
妖本来の速さで抜ければ、人の目で見抜くのはとても難しかった。



「その女に誑かされているのならば、あたしが殺して目を覚ましてあげるッッ!!!」



今度は短刀ではなく、打刀で菖蒲に向かっていく。
さすがに己の意志では動き、命令に背いたとしても、主である七緒に剣は向けられない藍人。


このままじゃ意味なんてないと思った水無月だったが―――



「重たいんだよテメェの愛とやらわ」


「……ッ!」



黒い閃光が駆け抜けた。
七緒が踏み込もうとした瞬間に、閃光が七緒の打刀を捕え、退かせる。


距離を取った七緒が見つめたのは、藍人から受けた傷を抑え込みつつ、見たことないくらい怖い顔した烏丸だった。



「烏丸ァ……ッ!」


「人の脳内掻きまわした挙句、過去まで見せたくない奴らに公開させやがって……ッ胸糞悪い…」


「凛……!」



傷を押さえながらも、きっちり立ち上がった烏丸は、悪夢を完全に取っ払ったようだった。
ただ息を苦しそうにしつつも、狛神張りの毒舌を吐く辺り彼の失くされた“心”が現れているようだった。



「茜凪!!いつまで寝てんだッッ」


「―――」


「あとで鏡見てブッたまげても知らないからな!!お前は昔から短い髪型は似合わないんだからッッ」


「凛、今の視点はそこじゃ……」


「烏丸らしいと言えばらしいが……」



起きろと言っている話の焦点がずれており、がくりと平助と原田が肩を落とす。
しかし、当の本人は大真面目だった。



「せっかく今まで喋らずに貫いてきた、最も新選組に言いたくない事情まで明かされて……脳内閲覧料とるぞコラァ!!!!」


「それはあたしにじゃなくて、後ろにいる人間たちに言うべきじゃないかしら」


「テメェが見せたようなモンだろーがッ」


「あんたが出血したからでしょ」



七緒が茶番は終わりというように駆けだせば、烏丸も対抗して踵を蹴った。


七緒を相手にしながら烏丸は叫び続ける。
届け。
目を覚ませ、と。



「茜凪……、お前は…ッ…やられたらやられっ放しのヘタレだったか!? 違うだろ!!!」


「黙れ天狗ッ!」


「やられたらやり返す、負けず嫌いだろうがッッ!!!さっさと起きて、一発このクソアマに喰らわせやがれッ」






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