薄桜鬼 弐

□43. 黒白の絆
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「大法螺吹きめ」


「嘘つき」


「どう考えたって、あれは沖田 総司でしょう」


「目撃した者だっている」


「違う……!あれは新選組の沖田じゃないんです……!」


「証拠は?」


「藍人を殺したのは、沖田よ。私、現場から去る沖田を見たもの」


「違う……」


「馬鹿げた茶番に付き合ってる程、俺達は暇じゃないんだ」


「違うんです……っ」


「どうせ殺されるなら藍人じゃなくて、北見家で世話になってる役立たずなアンタだったらよかったのに」


「信じてください……」


「藍人じゃなくてお前が死ねばよかったのに」


「信じて……っ、……信じてください」



―――信じて……ッッ!!!!



「茜凪ッッ!」


「――――っ」



体がグラリと揺れた。


反動でようやく重たい瞼を押し上げることに成功した茜凪は、真横から心配そうに覗き込んで来る烏丸と目が合った。


それが今朝のやり取り。
最悪とも言えるような朝だった。



「大丈夫か?凄い魘されてたけど……」


「烏丸……」



辺りを見渡せば、障子の隙間から既に光が射し込んでいる。
随分と寝坊してしまったようだ。


だが、隣の部屋で豪快に寝ていた彼も同じようで、まだ夜着だったことに安堵する。


自分だけが寝坊したわけじゃなさそうだ。



「だいじょうぶです……。ちょっと悪い夢をみただけで…」



常井の里から帰ってきて、三日。
あれから北見の里に赴けば、夢で見たことと同じことが起きた。


藍人の復活の噂を聞いていた北見の妖が、茜凪が知らないうちに噂をかき集めていたらしい。


そうして現れた、藍人を殺した犯人が“沖田 総司”であるという証言。


どれだけ“彼じゃない”と否定しても。
目に見えないものを信じることが出来ない彼らは茜凪の話を聞き入れもしなかった。


それからというものの、茜凪は北見の京の屋敷からは出入り禁止を命じられ、本当に帰る場所を失ったのだ。
元から藍人がいない北見に帰ったところで居場所など無かったのだけれど。


今は烏丸が共に行動をしてくれているので、少しは気が紛れている。



「夢か……」



“信じて”と叫ぶ、悲痛な彼女の声で目が覚めた烏丸。
夢と言われても、やはり仲間のことである。
心配するのは当然で……。



「なぁ、茜凪……」


「あーお腹空きましたね。早く朝餉にいたしましょう」



だけれど、彼女はこれ以上のことは聞かせないし、話さないとでもいうように烏丸の言葉を遮った。


そのまま着替えのために出て行こうとする茜凪だったが心労の色は拭えない。
無理もない、彼女だって女なのだ。


剣を取り、春霞の純血であろうとも年端いかぬ娘であることに変わりない。



「茜凪……」



―――後に烏丸が必ず朝、茜凪を起こしに来るのは、この日の魘されていた彼女があったからと言っても過言ではないだろう。


烏丸にとって、茜凪は唯一無二の存在だった。
恋愛感情などではない。
烏丸にとっての茜凪は、茜凪にとっての藍人というのが似ているだろう。


だから……だからこそ―――。



「……―――」





第四十三幕
黒白の絆





あとは自分達の決断だけ。
それだけできっと道は拓けて行くのに、茜凪は先へ進むことが出来なかった。


ただ時間を持て余すだけの日々。
春へと徐々に進みだした季節は、無常にも茜凪を置いていこうとしていた。


あとは決断だけなのに、死ぬかもしれないということが怖くて。



烏丸は、きっと茜凪の答えを待っている。


一緒に考えてくれる彼は、茜凪が逃げ続けている間、気を使ってくれる気がした。
話題も、話合いも避けて、茜凪が口を開くまできっとこの話にはならない。


そんな空間が申し訳なくて、茜凪は京の町外れにある川辺へと来ていた。


柳が滴る通り、茶屋なども多く、多くの人々が賑わいを見せている。
此処だけ見れば、動乱の時代と言われる今も平和そのものなのに。


考えれば考えるほど、分からなくなる一方だった。



「綺麗ですね……」



先日来た時は雨が降ったせいで濁っていた川も、とても澄んでいた。
日がな一日、ここでぼーっとして時間をつぶすつもりでいたが……転機はついに訪れる。



「なんだってテメェ!!?」


「調子乗ってんのか小僧!!」





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