薄桜鬼 弐
□42. 終結の刻印
1ページ/4ページ
第四十二幕
終結の刻印
三頭である北見、多々良、春霞。
妖は妖の血筋を守るため、純血とまでは言わずとも妖としての血を守り続けて来た。
力が強い妖同士が結ばれれば、力が強い子供が生まれるのは必至。
風間は同じ理論で鬼として存続させようとしている。
妖だって、一族の頭領ともなればそれはもう避けられない問題となる。
だからこそ、当代の北見の大老たちは藍人が幼き頃より許嫁を設けていた。
申し分ない、多々良の姫君に。
歳も同じくらいでお互いが次期頭首・姫となり妖の一族を守り抜く。
先に頭首まで上り詰めたのは藍人だったが、彼と多々良の姫である七緒の婚姻の契りは特に変わらなかった。
多々良 七緒は、百年に一人生まれるか生まれないかの逸材であり、誰よりも強い力を持っていた。
純血の妖の姫。
純血で多々良の子供が生まれること自体がとても珍しく、一族は大いに喜んだという。
もちろん、北見との関係もよりよくするために仕組まれた縁談だった。
「多々良の一族は、北見・春霞と並ぶ三頭で“傀儡師”としてとても力を有している」
「傀儡師って……」
「傀儡を操る者たちじゃ。式神と近い、言わば人形を操り、敵と戦う」
烏丸の問いに丁寧に男が説明を重ねるが、茜凪はそれを知っていた。
藍人や幼い頃に聞いた覚えたあった気がする。
「次期姫君・七緒殿と藍人殿も友好関係にあり、七緒殿は藍人殿に心底夢中になられておったと聞いたが……。藍人殿は縁談を断っていたらしいの」
「あぁ……。大老たちにも言ってたな」
それが、殺しの理由か?
藍人が自分のものにならないから?
「そして縁談を断り、姿を眩ませた藍人殿は京の町外れで亡くなられたそうじゃ」
「“でも、現場に他の妖が駆け付けた時には、藍人の死体は無かった”」
「!」
「“あったのは、致死量の血と、彼に守られた一匹の妖の娘だけ”」
まるで現場にいたように語る茜凪に、男は口を紡ぐ。
目を凝らし、彼女の姿を穴が空くほど見つめて…遠慮がちに尋ねるのだ。
「もしや、そなたは現場にいたとされる、春霞の……」
「……はい」
「たまげた……。生きておったか」
噂では藍人の死と同様、茜凪も死んだとされていたのだろう。
姓も変え、瞳の色も、姿さえ変わった彼女。
常井の男はしょぼしょぼになった目をパチパチさせてから、寂しそうに呟く。
「そうか。そなたはその目で見られておったのだな……」
「死体がなくなった理由は分かりますか?」
どうしても、同情や憐れみの目を向けられることが嫌だった。
それは直接的に、茜凪の屈辱に変わる。
己が未だに弱く、情けない者であることが痛いほど痛感される。
だから話題を元に戻したのだ。
「恐らくじゃが、持ち去ったのは多々良の妖じゃろう」
「何で多々良が?死体を薬品に漬けて、どっかに祀るつもりか?」
烏丸が自分で尋ねてから“うわ、気持ち悪い”と身震いさせる。
「多々良には、禁忌とされてきた傀儡の術がある」
「禁忌……?」
「死んだ者の魂を傀儡に定着させ、あたかも甦ったかのように再現させる妖術じゃ」
「――――」
「待てよ!それじゃあ……っ」
死体が無くなった理由が、刹那にして理解できた。
藍人の死体が無かったのは…―――。
「ワシの推測にすぎんが、妖術での占いにも近しい星が出とる。ほぼ間違いはない」
「…ッ」
「藍人殿が亡くなられ約二年の月日が経つが……禁忌とされ、封じられた妖術を簡単に再現するのは難しいじゃろう。年月をかけ、成功させたのだとしたら今回の噂は真じゃ」
.