紫電一閃
□07. 呼名
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「すまねぇな、斎藤」
「いえ。お気になさらないでください」
部屋の隅に置かれていた炎が揺れた。
御陵衛士の目を掻い潜り、西本願寺の屯所に姿を現したのは、三番組組長として新選組に仕えていた斎藤だった。
正しくは、今も新選組に仕えており、誠の志は新選組と共に在ると誓っている。
御陵衛士として動き出した伊東と、それに付き従い行動を監視する間者として送り込まれた斎藤。
そして、その斎藤を支える為に陰ながらに土方が送り込んだ切り札が、隊士でも何でもない妖である茜凪だった。
「茜凪はどうだ」
「楸……ですか?」
「会ってるのか?」
必要な報告を終え、立とうと爪先に力を入れたところで問われた。土方は未だ体勢を変えずに、斎藤の姿を見つめている。
この男……土方は、長く孤独な戦いを斎藤がやり遂げられるよう……。他者からは“裏切り者”と罵倒され、理解苦しまれる立場になった彼を支えられるように、と茜凪を敢えて傍に置かせた。
傍に置くといっても、彼女は隊士でもないし御陵衛士でもない。同じ屋根の下で過ごすわけにもいかず、たまに祇園や市中で顔を合わせては軽く話をしたり、食事をするだけの仲だ。
それでも、茜凪の存在は斎藤の支えになりつつあった。
しかし。
「先日、菖蒲の料亭にて会いました」
「そうか……。この間、屯所に来た時は何事かと思ったが、特に問題ねぇみてぇだな」
「はい」
――その支えが、時折斎藤の心を掻き乱す存在になりつつあった。本人は未だに無自覚だったけれど。
第七片
呼名
「それじゃあ、斎藤。頼んだぜ」
「はい」
土方の部屋を出て、誰にも会わないように裏口から屯所を出た。
春になり、五月にも入った。夜の気温もそれなりにあがり、先日まで感じていた肌寒さは一切感じられない。
空を見上げれば、点々とした星々が明かりを灯し、道を照らしてくれていた。
祇園付近にある御陵衛士の宿。屯所にすべき個所を伊東が探し手配をしているので直に移ると予想されてはいるものの、今のところまだ目途は立っていない。
西本願寺から祇園までの距離は歩けばそれなりにある。まして刻限も更けてきているので気をつけなければ不逞浪士に絡まれようとも文句は言えぬだろう。
だからこそ、気を張っていた。
そして気付く。背後にやり手の気配があり、抜刀してきていることを。
「―――ッ」
相手が斬りかかってきているのを感じ、すぐさま左手で抜刀した。
キーン、と刀同士がぶつかり合う音が響き、面を上げる。同時に息を呑んだ。
「あんたは……」
「やぁ。こんなところで何してるの?」
見覚えのある、顔だったから。
「一君」
「総司……」
自分に敢えて斬りかかり、楽しんだ、というような表情を見せたのは一番組の組長だった。
どうやら夜の巡察の帰りらしく、だんだら模様の隊服を着ている。
「最近よく会うね?」
「総司。先日も言ったが、俺は衛士。お前との接触は……」
「はいはい。わかってるよ」
相変わらずの沖田は手をヒラヒラさせながら刀を鞘にしまう。倣い斎藤も鞘に白刃を納めれば、沖田は抜き様に告げて来た。
「茜凪ちゃんに、あれから会った?」
「……、」
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