紫電一閃

□05. 名称
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「おら、重丸(しげまる)っていうんや!」


「重丸くん……」


「姉さんの名前は?」


「楸 茜凪……です」


「そっか!茜凪な!おら、お前を嫁にする!」


「ぷっ」


「えっと……、」



それは、一人の少年が齎した平穏な日々の出来事だった。





第五片
名称






西本願寺の境内で、重丸と呼ばれる男の子が怪我をしないように庇った茜凪。


一度は女だからと批判し、教えを乞うことを拒否した少年だったけれど、彼は茜凪の剣さばきを見た時に目の色を変えた。目の前に入り込み、切っ先を斜め上へと振りあげた太刀筋。型にはまっているというより、彼女らしい動きそのものであり、その場にいた誰もが目を見開いた光景だった。



「よかったね、茜凪ちゃん。嫁ぎ先が出来て」


「ちょ……笑い事じゃありません、沖田さん……」



近付いてきた沖田が、茜凪に祝言を申し込んだ少年と彼女を交互に見つめてケラケラ笑う。それはもう本当に楽しそうに。対して茜凪は少年が割と本気の勢いで放ってくる言葉に頬に汗を滲ませた。



「お前、すっごく強いんやな!おら、誤解してたんや」


「えっと……」


「さっきは、あんなこと言って悪かったなぁ……。おら、お前の剣に……いや、姉さん本人に惚れてまったんやぁ!」


「惚れて……!?」



まるでそのことが嬉しいとでもいうように、重丸自身が腕を大きく広げて笑う。万歳の構えをするようで、楽しそうに笑っていた。


が、一方の茜凪は目を点にするだけであり、言葉を失ったかのように立ち尽くしたのは烏丸と狛神。原田は微笑ましい視線を向けていた。



「おらも、姉さんみたいに強くなる!強くなるから、おらの嫁になっとくれ!」


「あ、あの……重丸……さん、」


「ちょっと待てお前!」



すかさず進み始めた会話に待ったを入れたのは、茫然と立ち尽くしていた烏丸だった。


意外な人物の助っ人に茜凪は、重丸と視線を合わせていたので、烏丸を見上げることになる。



「お前みたいなお子様に、こいつはやれねえよ!」


「なんでだよぉ!姉さん、兄さんの嫁じゃないだろぉ!」


「あったりめえよ!こんな胸ない女、嫁にしたって楽しくないだろ!」


「烏丸ッ!」


「すぐ怒るし!」



必死に否定しつつ、烏丸は少年に茜凪はやれないと続けて捲し立てる。少年は想いを否定されたことにより、ぷぅと頬を膨らませた。



「こいつはこんだけ強いんだ!茜凪以上に強い男じゃねえと、俺は祝言なんて認めない!」


「何でお前が駄々っ子みてーに拗ねてんだよ」


「拗ねてねえよ!認めたくねえって話!」



狛神が呆れつつ尋ねたが、烏丸は少年の言葉すら本気で受け取り、本気で返しているらしい。まぁ彼らしいと言えば彼らしいのだけれど、相手はまだ元服前の子供であり、ましては今日初めて剣を握ったような男児だ。現代でいう学校の先生や、部活動の女の先輩に一度は憧れるような衝動であろう。故に誰も本気にしていなかったのだけれど。



「なんだか烏丸くんが白熱してるけど大丈夫?あれ」


「まぁまぁ、烏丸の気持ちも分からなくないけどな」



睨み合いを続ける重丸と烏丸の横に、今度は茜凪が茫然と膝立ちしている。狛神は更に呆れ顔で奥に立っていた。


そんな彼らを見つめながら、原田が沖田に返していく。



「自分より弱い男に、親友を任せたいとは思えないだろ」


「重丸くんが烏丸くんより強くなればいいんじゃない?」


「そりゃあ、将来的にはなるかもしれないが、烏丸は妖だからな……」


「それを言ったら、茜凪ちゃんより強い人間なんて周りでいないんじゃないの?」



沖田は話の趣旨はきちんと分かっていた。だが、敢えてその返し方をしている。


烏丸が言いたいのは“烏丸より、剣の腕が立つ相手”じゃないと認めたくないということ。


必然的に、彼が許すのは……――。




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