紫電一閃 弐
□50. 朝陽
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「あなたは一体、何者ですか」
構えた切っ先はそのままに、茜凪は旭を睨みながら見下ろした。
慶応三年、年の瀬近付く寒空の下。
油小路の変と同日、同時刻に起きた妖側の戦い。
斎藤に助けられ、彼の横に並びながら新来として現れた北見 旭。
旭の狙いを問い詰めるべく、茜凪と旭の語りが幕を開けた――。
第五十片
朝陽
「く……っ、誰かと思ったら人間如きが……ッ」
茜凪のために参戦してくれた斎藤に旭は悪態をつきながら言葉を吐き捨てる。
状況がいまいち理解できなかったし、斎藤の脇差を奪い旭を討ち返した茜凪の行動にも驚いていたけれど今は黙って話を聞くことにする。
旭の視線が気に喰わなかったのか、茜凪は更に刀の先を旭に突きつけた。
「私の質問に答えてください」
「日本で最強にあたる狐が、まさか人間様様とつるんでたなんてな。とんだがっかりだぜ」
「答えろ」
口調を強め、茜色の瞳で睨みを利かせる。
旭の分が悪いことは見て取れたけれど、どうにも屈する姿勢は見せなかった。
「おーおー。形勢逆転しただけでそこまで強気で出れるなんて単純な女だな。これだから困るぜ、お嬢様はよ」
「貴女だって、立派な北見の“お嬢様”でしょ」
「え……」
茜凪の言葉を聞いて、声を漏らしたのは重丸だった。
式神からも解き放たれ、重丸がこちらを怯えた表情で見つめていたけれど、どう見ても旭は男に見えた。
が、それはあくまで見た目だけの話である。
斎藤も旭と剣を交え、姿を見てからある違和感を感じていたけれど、看破は出来なかったようだ。
「テメェ……俺のこと知ってたってわけか」
「やはり、女なんですね」
「……」
「かまかけただけです。藍人から、年の離れた“姉”がいるというのは聞いていたので」
「クソが……ッ」
どうやら否定はしないようである。
違和感の原因はこれか、と明確に理解した斎藤は、旭が女であるということに妙に納得してしまっていた。
千鶴と比べて、とても巧妙な男装だった。
「それで、わざわざ男装までして私に何の御用ですか」
「……」
「左構えになれなんて、無茶難題を押し付けて何が目的ですか」
「質問攻めかよ」
「貴女がそれに値する行動をしているからです」
相手が女だとわかってなお、茜凪は彼女……旭から警戒を解かなかった。
切っ先も未だに彼女を捕えたままである。
何を躊躇っているのか、はたまた口に出せない話なのか。
旭は真っ直ぐ、茜凪の真意を探るような目をして見上げてきた。
茜色の瞳、茶色の髪、顔つきは“彼”にそっくりだと旭は一人感じていた。
「……お前、刀は右でしか振るえないのか?」
「え?」
「さっきみたいに、普段から左手で剣を握ることはないのか?」
――そこの、男のように。
一瞬だけ旭の視線が斎藤に揺らいだ。
じとりとした、何かを試すような瞳に斎藤は居心地がとても悪くなる。
遠くで何かが焦るような声をあげて怒鳴っているのを、頭の片隅で聞き届けていた。
降り出した雪が冷たく降り注ぐ。一面の視界を白く染めながら、旭は視線を茜凪に戻した。
「何故、そんなことを聞くのですか」
「いいから答えろ」
「質問してるのは私です」
「いいから」
旭の口調の強さに負けたこと、そして会話が進まないということに気付いた茜凪が刹那間を置き考える。
尋問しているのは茜凪であるはずなのに、どうしてだか気分が悪かった。
「……ありません。私は右利きです」
「チッ……さっきのはそこの襟巻男に化けたってわけか」
「それは……」
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