紫電一閃 弐
□49. 新来
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「俺の名は北見 旭。藍人の実兄だ」
「北見 旭……!?」
対岸に突如現れ、こちらに向けて術を放った相手を茜凪は見つめた。
名乗られた名前、容姿、そして態度。纏う空気は多少なりとも違うものの、確実に己を助けてくれたあの妖によく似ていた。
北見 藍人。茜凪を庇い、もう三年ほど前になる冬に……命を落とした天才式神師だ。
そして今目の前に現れた者は、まさしく彼と同じ姓を名乗った。
北見 旭(きたみ あさひ)と。
「お前が藍人に世話になってたのは知ってたけど、こうして顔を合わせるのは初めてだな」
「藍人の実の兄……」
対岸から視線を鋭くしてこちらを睨んでくる旭に、茜凪は睨みを返しつつも困惑が隠しきれなかった。
何故ならば……――。
「(藍人に兄がいるなんて、聞いたことない……。確かに年の離れた“きょうだい”がいるとは聞いたことがあったけれど、でもそれは……――)」
「なんだよ。藍人の血縁者だってのが信じられないって顔だな」
「……」
「さっきも見せただろ?なんなら、もう一発お見舞いしてやってもいいんだぜ」
懐から投げ出された紙が、再び宙を舞いながらこちらへと投げられる。
鋭く変化したものは、先程のクナイではなく、今度は槍へと姿を変えてきた。
「槍……ッ!?」
「なぁ、日本で最後の純血の狐さんよォ……」
「ねぇちゃん!」
クナイなら結界でも防ぎきれると思ったが、槍だとまた対処が変わってくる。
川一つ挟んで、妖の力で投げ出された槍を即席の結界で受け止めるには惑いがあった。
重丸の腕を引いて、無理矢理立ち上がらせて抱え込む。
そのまま全力で地面を蹴り上げて、近くに聳え立っていた家の屋根へと飛んでかわした。旭も先が読めていたようでどうにも笑みを浮かべるだけである。
そのまま斜面になっている川辺からこちらを見上げて口角をあげるだけ。
睨みを利かせて見下ろせば、少しだけ恐怖を隠さなければならない心理状態にあることも己が一番理解していた。
相手は強者だ。周りには今、重丸がいる。少しだけ……怖い。
この状況が、怖いと思ってしまっていた。
「俺にその力、見せてくれよ」
「……っ」
「この日本で、今、お前が一番強い妖でないとおかしいのが節理だろ?なぁ、そうだよなァ?」
旭は、茜凪が妖狐であることを知っていた。
春霞という名前であることも。そして、純血であることも。
「俺は藍人とは絶縁関係にあったから、お前は俺のことを知らないと思うが――」
再び繰り出された式神が、今度は意志を持った物体へと変わる。
追撃を仕掛け、茜凪を追いつめる式神の妖へと変化し、屋根の上まで襲いかかってきた。
「俺はお前のこと、知ってるぜ」
「……ッ」
最近、茜凪が相手のことを知らないのに相手が茜凪を知っているということが多いという場面によく遭遇する。
詩織も、茜凪のことを知っていると言っていた。
だが茜凪の記憶の中には“詩織”という女も、妖も、人間も鬼も登場してきた記録がない。
そして、旭も……茜凪は知るはずがない相手なのに、相手は茜凪のことを“知っている”と言ってきた。
爆撃を仕掛ける式神の妖に、茜凪は重丸を抱えたまま隣の屋根へ、屋根へと後退する。
ここは重丸の家の真ん前だ。ここで事を構えれば、どちらにしても人間を巻き込むし、巻き込んだ先で犠牲になるのが重丸の母親や義父であるならば誰が悲しむか目に見えている。
「逃げんなよ狐ッ!!」
「ねぇちゃん……!」
「巻き込んですみません、重丸くん……。郊外まで一度退きます……ッ!」
どうして、何の目的で、旭に攻撃をされなければならないのか。腕試しを持ちかけられなければならないのか。
わからないまま、茜凪は着物姿で裾をあちこちに引っかけながら走り続けた。
背後から迫りくる式神が、まるで今の彼女を追い立てる闇そのもののように思える。
辛く悲しい記憶から、新しい章への幕開けといこう……。
第四十九片
新来
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