紫電一閃 弐
□41. 羅刹
1ページ/4ページ
始まった乱戦。
小鞠が妖ということと、更に羅刹化しているということがあいまって、新選組が翻弄される形となる。
なんとか打開できないかと戦略を練りながら、土方は刀を振るう。
斎藤、原田、永倉も槍や刀で対抗しているけれど、そもそもの戦い方が彼女と彼らでは違う。
体術を専門として戦う妖。小鞠も爪を使用しながら追いつめてくる。小太刀はあくまでおまけというものだ。
新選組がこれまでに出会ってきた妖は、刀を使える者が多く、どうしても体術だけで迫ってくる相手が敵というのは珍しい状況となる。ましてそれがとんでもない馬力で襲いかかってくる羅刹なら尚更だ。
「どうしたんですか、押されてますよ……?新選組ッ!」
「こなくそ……ッ!」
弾いても弾いても、人並み外れた力によって繰り出される攻撃。
体力が持たない気がした。
原田が長物で対抗しようとも、小回りを利かせて小鞠が原田の懐まで踏み込んでくる。
斎藤や永倉、土方についても同じであり、どうしようもない戦火が続いていた。
「みなさん……っ」
このままではどうにもならない。
千鶴が沖田に寄り添いながら、不安そうに戦況を見つめていた。
小鞠によって連れて来られた重丸は未だに奥の奥に放り出され、気を失っている。
「……千鶴ちゃん、安全なところに隠れてなよ」
「沖田さん?」
「まったく、見てられないからさ。頭数だけでも多い方が……いいでしょ」
「無茶です!そんな体で挑んだら……っ」
口元を隠し、何度も咳込みながら沖田は千鶴から離れる。
立ち上がった彼は刀を構えて、参戦の意志を見せていた。
「だめです、沖田さん……!」
「放して、千鶴ちゃん……ッ」
腕を懸命に引っ張り、病人である彼を前線に出させないようにと懸命に頑張る千鶴。
沖田は煩わしそうにしていたけれど、次の光景にはさすがに二人の動きが止まった。
「まったく、つまらないですねー。もっと気合入れて臨んできてくださいってば」
「ッ?!」
結界を発動させた以来だった。
小鞠が白髪の髪を靡かせて懐から取り出したのは、妖術を発動させる札。
ふわりと翳されて、地に落ちた紙は形となって現れる。これは……。
「式神……ッ」
「あ、御存じでした?」
どこまでも本音を隠し、楽しそうに明るさを取り戻して笑う小鞠。
増えてしまった敵に、再び圧倒されることになる。
一気に増えた五、六体の妖の式神。
狐や狛犬、そして天狗や蛇、猫など、中には知っているものも多かった。
完全に人の形ではなくなった獣たちに、新選組は汗を浮かべる。
「さて。本物の力を発揮した妖と、手合せしたことはありますか?」
命令を受けて、駈け出したそれぞれの妖の式神。
妖力を増した羅刹の小鞠に敵うものなどいないのかもしれないと、事実が見えてきた気がした。
素早い速さで化け物たちが襲いかかってくるのを見つめながら、男たちは刀を振り上げようとする。
「そんな刀じゃ、相手にならないですよ?」
小鞠が極悪な笑顔を見せつけた頃、永倉と斎藤の刀が弾かれた。
脇差を抜く前に、狐と狛犬の牙が二人を捕えた。
「新八!斎藤ッ!」
「――……っ」
だめだ、間に合わないし、対抗できるだけの力があるはずない。
絶望に似た表情を浮かべた千鶴が、思わず手で顔を隠してしまった。
響くのは血飛沫が舞う音か、それとも骨が砕ける音か。
どちらにしても、救われるはずなんてない……。
「妖術・雷光弐式」
誰もが息を留めた時だった。
響いた声は、不動堂村に行き渡った。
式神の狐と狛犬がどこからともなく現れた雷によって、場から消滅させられる。
同時に硝子が割れるような音が、天井から聞こえてきた。
まるで降ってくるようにやってきた男には、誰もが見覚えがある。
「何してんだ、縹」
「あれー。随分と見つかるのが早いですね。どーゆーことですか、狛神さん?」
着地と同時に縹に定めをつけ、睨みあげたのはこの場で唯一彼らに加担してくれるであろう妖。
黄色い瞳を恐ろしい形相に変えて、小鞠のことを見つめている。
「狛神……っ」
妖の羅刹に対抗するために現れた狛神。
彼は、小鞠の変わりきってしまった容姿と姿に目を更に細める。
「説明してもらおうか」
「……めんどくさいけれど、まぁ、いいですよ。狛神さん、あたしの標的の一人なので」
一瞬だけ、小鞠の表情が切なく揺らいだことに誰かが気付いただろうか。
気付いたのならば……何かが変わっただろうか――。
第四十一片
羅刹
.