紫電一閃

□02. 壬生菜
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突然の訪問者に誰もが目をぱちくりさせた。


知り合いだからこそ、連絡も寄こさずに来るとは思っていなかったのだろう。まして、彼に一番会いたいであろう人物がここにいないので、何だか少し、後ろめたい。



「邪魔をしてもいいだろうか」


「いらっしゃい、斎藤さん。どうぞ」


「一!久しぶりだな、おい!」



大分、周りの客が減ったことで、烏丸が当り前のように斎藤の横に腰かけて彼の背中をペチペチと叩く。斎藤が座った席の列の間を挟み、一番壁側にいた狛神はそのまま視線を元へと戻す。


烏丸に背を叩かれたままの斎藤が、彼の手を抑えつつ、目の前にきた菖蒲の顔を見上げた。



「まさかお前が来るなんて思わなかったぜ!元気にしてたか?」


「あぁ。それなりにな」


「お久しぶりですね、斎藤さん。この間はお世話になりました」



烏丸との会話を遮り、菖蒲が彼に微笑んだ。


茜凪とはまた違う部類の美人の元気そうな姿に、斎藤も――決して照れたのではなく――自然と笑みが零れた。



「あんたも元気そうで何よりだ」


「フフフ。とりあえず、呑んでいかれますか?」


「あぁ」



お通しを出して、その後日本酒を取りに奥へと消えた菖蒲。その奥から水無月が軽く頭を下げて来たのが見えたので、斎藤も軽く会釈を返す。



「にしても珍しいな!お前が自分からここに来るなんて」



“茜凪に呼ばれたのか?”なんて聞いてやったが、斎藤は茜凪と約束をした覚えは特になかった。素直に首を振れば、烏丸は更に目をパチパチさせている。



「へ?約束してねーの?」


「あぁ。特には」


「ふーん。てっきりアイツが呼んだんだと思った」



烏丸は、店内にいない相棒を思い不思議そうにしている。


詳しく話せば数日前、御池通りの寺の境内で稽古をしている最中、茜凪が斎藤を見守っていたのがここに来たきっかけだった。


時間があれば、斎藤を案じてやってきていた茜凪。そろそろ顔を出してやらないと彼女が隊務の支障になりかねない――というより、また木から落ちて怪我をしそう――なので夕餉を摂りにやってきたのだ。


ちゃんと顔を見て、時間を作って心配ないと告げないと、あの娘は何をしでかすか分からない。まして己の腕の怪我すら治っていない状態で。



「最近、会ったか?茜凪に」


「この間、少しだけな」


「そっか」


「……今日はいないのか?」



この間、確かに斎藤と茜凪は顔を合わせていた。茜凪が木から落ちた日の話だ。ほんの僅かな時間、言葉を交わして、別れた。


あれから数日経つけれど、彼女が稽古を見に来ることは無くなった。今日は時間がとれたので、食事ついでに会いに来てみれば当の本人の姿がないのだ。



「いや、もうすぐ戻ってくると思うんだけど……確かに遅いな」


「どこかに出かけているのか?」



隣に腰かけた烏丸が、思い出したかのように茜凪の戻りが遅いことに気付く。その言い草は、どこかへ出かけているということだろう。つまり、この母家にも離れにもいないということ。


烏丸は鼻で音を奏でながら首を傾げ、斎藤の為に運ばれてきたお通しを当り前のように食していた。特に構わずに彼の顔を見ていれば、烏丸の代わりに動きだしたのは狛神だった。



「確かに遅いな」


「そうね…。壬生までそんな距離、ないはずなんだけど」



奥からお酒を持って戻ってきた菖蒲が、会話を聞いていたようで付け足す。話しながらも、菖蒲は手際よく準備を進めていた。


持って来られた燗にお酒を足し、御猪口を斎藤の前に差し出す。



「楸は……、」


「夕方、壬生の方にお使いをお願いしたの。壬生菜を買ってきてほしいって言ったんだけれど……」



祇園から壬生までは確かに歩けば距離あるが、彼女が出発してから戻ってくるには時間がかかり過ぎている。


席を立ち、暖簾を潜り出て行った狛神に、斎藤も視線が動いた。



「……まさか、あの子に限って誰かに襲われるとか……」


「あー無い無い。絶対無い。あんな凶暴でまな板女なんて誰も相手にしないって」


「烏丸。貴方はそれでも彼女の戦友なんですか」



火の調整を終えた水無月が立ち上がり、奥からようやく顔を出す。烏丸の発言に呆れ顔でこちらを見ていたが、烏丸は全くお構いなし。手をひらひらさせながら、椅子にふんぞり返った。



「だからこそだよ。アイツがそこらの女より強いのも知ってるし、何よりアイツには本当に胸が……」



そこまで言いかけていた烏丸の声を遮り、狛神が



「ちょっと探してくる」



と気を使い出て行ったのを見て、斎藤も立ちあがった。



「俺も行こう」


「え?一も?」





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