薄桜鬼 弐

□46. 身籠りと真実
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そこからの七緒の動きは速かった。


懐に入れていた、千鶴を捕えようとしていた短剣を喉元目がけて振りかざす。
辛い過去を誰かが知り、ようやく真相を分かってもらえたのに、己がしてきたことの重大さに気付いているからこそ。


負けて、籠に戻るならば死んだ方がいい。
絶望だけが取り残された、あの場に戻ることなどしたくない。
振りかざした手が、風を斬りつつそう語る。



「だめッ!」


「やめろ!」



思わず千鶴と平助がそう叫べば、彼女たちの言葉よりも茜凪が動く方が速かった。
移動しつつ、茜凪は己の右手首から滴っていた血を口に含む。


七緒の短剣が喉元に差しかかろうとした寸前。
茜凪が思いっきり彼女の手首を押さえつけた。



「やめて……ッ」



しかし、七緒も抵抗しようとするので茜凪を押し返す。
取っ組み合いのような形になったが、押し負けたのは七緒だった。


全力で茜凪が七緒を地に叩きつけ、再び新選組の元まで戻ってくる。


地に足をつけた時、茜凪が七緒を押し倒すような形で彼女の短剣を飛ばしていた。



「やめて離してッッ!!死なせてよ!!」


「…―――」


「お願い死なせ―――」



死なせてくれ。
そう語る彼女。


どれだけ辛いのかは、他人に想像できないだろうけれど。
七緒は苦しみから逃れようとしていた。


しかし、七緒の言葉は途中で喉の奥へと消える。


紡がれた半分の言葉が止まったのは、音を生み出す唇が茜凪の唇に塞がれたというのが原因だった。



「―――ッ!!!!」




接吻というには色気はなく、茜凪の瞳から怒りが満ちていた。


思わず平助や永倉、斎藤は目を見開く。
どうして茜凪が七緒に口付けたのか、と。


土方は何かを察していた。
口の端から、生々しく赤い液体が滴る。
七緒の喉が一度下がり、何かを呑みほしたことを語った。



「んん……ッッ!」


「―――」


「ん……はァ…やめてッ!!!」



唇を噛む勢いだった茜凪を弾き返した時、七緒の顎には血が残されていた。


茜凪は平然と突き飛ばされたまま涼しい顔をしていたが、瞳の奥は憤りを隠していない。



「あんた……今何飲ませ…ッ…!?」


「私の血です」


「は……!?」



突き飛ばされたので、飛ばされただけの距離を再び埋めて、茜凪は七緒の着物の襟首に容赦なく掴みかかった。



「簡単に死ねると思わないでください」


「……っ」


「貴女は藍人を殺したわけじゃないけれど、藍人の力を利用して新選組や妖界に被害を齎した。その罰も受けずに逃げるなんて、絶対に許しません」



茜凪の白い着物は既に右側半分が血で真っ赤になっていた。
新選組の輪の中で滔々と語られるので、視線が離せない。


水無月も茜凪の行動に驚いて目を見開くことしか出来なかった。


やがて平然としていた七緒が急に苦しむように胸を押さえ出す。



「な……にを……ッ」


「私の結んだ契り、理解してますよね」


「ぐ…ぁ…あ……っ」


「血の契り。純血といえど、私は呪われた身なので体内に宿している血は毒性を有しています」


「苦し……あぁ……ッ」


「血の契りを結んだのは私。私の命令を聞く血は、願えば貴女の行動を止めることだって出来る」



―――だから、殺させやしない。
同時に七緒が動けなくなった今、藍人も苦しみ動きを止める。



「ぐあぁ……!」


「藍人っ」



茜凪がしたことを見つめて、烏丸も動きを止めた。
絶命の線は既に伸び切り、茜凪も烏丸も限界に近い。


だが戦いはここで切り上げを見せるはずも無かった。



「どうして…っ……あんたは……あたしを殺したくて、仕方ないはずでしょう…!?」



大分息が落ちついてきた七緒が言えば、茜凪は興味無さそうに笑う。



「貴女こそ、人形使いが“人形”のままでいいんですか?」


「え……」


「藍人を殺した犯人の悪行。止めたいと思わないのですか?」



ぽかん、と目を開く七緒。
何がしたいのか、何をすればいいのか。
いや、真実を知らないという顔をしている。



「私は貴女を殺すことよりも藍人を殺した犯人を止めたい」


「……っ」



掴み、強い視線を送っていた七緒から茜凪は顔をあげる。
痛みを堪えて立ち上がり、真正面に立ち尽くすある人物をただ睨んだ。



「偽りの沖田さん」



上げた視線の先にいたのは―――影法師だった。


誰もの視線がそっちに届く。
烏丸は知っていたようで藍人を気にしつつ“やっぱりな”と横目で視線を向けた。



「え……―――?」



七緒は何も知らない、という顔でただ彼へ振り返る。


影法師はゆっくりと……面をあげた。


黒頭巾をかぶっていた彼の顔が初めて上げられ、ニィと口が裂ける程の笑みが出迎える。



「いつから気付いてたんだい?」


「愚問です」


「……ククク……フフフ……そうだね…」



ぐにゃり、とその場の全員の視界が歪む。
茜凪は血染めになった左手の裾飾りを取り、地面に投げ捨てた。
血を吸え、というように裾飾りの上に刀を突き刺して、もう一度瞳を伏せる。



「終わりにしませんか」



理解できることも、出来ないことも全て乗り越えて。
過去のために生きた日々を終わらせるために。


過去を無駄にしないために。





「影法師」





妖同士の終止符を打つ。




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