薄桜鬼 弐

□46. 身籠りと真実
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―――暗い暗い籠の中。
物心ついた時、既に七緒の運命は決まっていた。


多々良として純血。
尚且つ久方ぶりに生まれた女子。


故に次の子を産むために、彼女は幼き頃から危険を避けるように閉じ込められて生活をしてきた。
ましてや血を濃く継いでいたので、傀儡師としての力も強い。


七緒の親は並の力だったが、七緒が本気になれば里を一つ潰せる力と言われていた。


恐れられ、外に出てくることを許されず、ただ力の強い男の妖を生むためだけに育てられる。


変な気を起こせば、彼女が多々良を滅ぼしかねないので里の者たちは大層脅え彼女の視野を狭める為、座敷の奥の奥へと閉じ込めたのだ。


だからこそ藍人の存在は大きかった。
牢獄とも言える生活に陽が射した。


三頭の頭になった藍人が、七緒に挨拶にわざわざ暗い籠の中までやってきたのだ。
優しく会話をし、微笑み、彼女に希望を与えた。


それからというもの、七緒は藍人に希望を覚えた。


歳を重ね、七緒は己の存在を“多々良の姫君”というただ子を孕む機会である自分の存在を理解し、一族の思惑を受け入れなければならないことを悟った。


それでも彼女は絶望していなかった。


それが“北見 藍人との婚姻”を結ぶという許嫁だったからだ。
藍人と婚姻を結び、子をもうける。


だが、藍人の子だけではなく、他の多々良の子を産むことも七緒には要求されていた。
それが自分が生きる道。
それでも藍人と共に在れるならば、と…。


ただただ恋い慕っていた。
それだけでよかった。



「多々良は力の強い子を望んだ。だから純血であり、三頭の頭領になった藍人の血を望み、七緒と藍人を許嫁とした」



それも結果的には藍人の思いで破られることとなる。
この婚姻の約束は、妖界の大老達で話し合われたことだったが、七緒は裏切られたこととなった。



「貴女は悲しんだ。けれど、でも多々良の姫君である貴女は馬鹿じゃなかった」


「どうして……」


「だから藍人を殺そうとも思わなかったし、彼が菖蒲を思っているとしても、慕い続けるだけは自由だとして藍人を想い続けてた」


「何で……」


「でも、北見と多々良の血を分けた強い子を産む機会を失った多々良の大老達の矛先は貴女に向いた。虐げられ、強い力を有した貴女を畏怖の対象として誰も気にかけなくなったし、挙句の果てに藍人が死んだ時……貴女が殺したと黒幕にされた」


「どうして全部知ってるのよ……!?」



七緒が揺れる青い陽炎の中で驚愕の表情を見せる。


語られた真実は、水無月すらも驚いていた。


てっきり茜凪は七緒を恨み、藍人を殺したのも彼女だと思っていると予測していたからだ。



「貴女が籠に閉じ込められている時に滅んだ春霞のことなんて、よく知らないと思いますが」


「…っ」


「春霞の純血の妖には、特別な力が備わっているんです」



―――だから、目を見て話せば分かるんだ、と。
ましてや今、茜凪の瞳は本来の茜色。
妖としての力が解放された今、本来よりも読めるものが確証性を高めている。



「貴女は死んだ藍人を忘れられなくて、禁忌の術を使って甦らせた。ただそれだけ」


「…っ」


「貴女が藍人を殺したんじゃない」



断言出来ずにいたもの。
確証性に欠けていたものが、彼女の眼を見据えることが出来たので確かなものへと変わる。


七緒は初めて……本当の事実を見破った茜凪から視線を離した。



「なにそれ……なんなの……今更…」



予想外すぎて、脱力した七緒。
切ないというように、茜凪が口にした言葉が図星であることを語る。



「もっと早ければ……こんなことしなくて済んだのに……」



誰も信じてくれなかった。
自分を恐れて関わってくれなかった。
誰も助けてくれなかった。
誰もありのままを認めてくれなかった。



「だから……こんなことして……あたしを苦しめた妖界を壊そうと思ったのに……」


「…」


「こんなに辛かったのに……」



籠の中。
幼い頃からただ一つ。


“子を産め”


それだけのために育てられた。


多々良の姫として、他族の者からは響きのいいように聞こえていただろうけれど地獄のような日々。
現れた光を想い、願い敵わずとも慕って、期待させては裏切られ、それでも想いは変わらなかった。


約束は破られた。


破ったのは藍人自身だったが、彼はそもそも大老達の契りを呑んだわけじゃない。
多々良の大老の矛先は、魅力ない七緒のせいと虐げられた。


そうして藍人が死ぬ。
七緒が殺したのだと、黒幕は彼女だと噂される。


―――平穏で、安らかな日々を送りたかっただけなのに。


想うことすら許されず、想っていたからこそ疑われ。


閉じ込めた想いは爆発し、“ならばその通りになってやる”と七緒を―――豹変させた。



「でも……もう戻れない……」


「…」


「全部ばれちゃうもんなのね……」



こんなの初めて。
そう笑った彼女の顔には、万感の思いからか涙が滲みそうだった。



「あたし……捕まったら、また籠に戻されるんだろうな」



ぽつりと零された言葉は、七緒の全てを語っていたようだ。
奥では“自由になりたい”と叫んでいるようで。



「どうせなら今ここで……」



死んだほうがマシ。
声に出さずに、唇だけがそう動いた。





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