紫電一閃
□36. 憎愛
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どことなく、小鞠と茜凪の空気が変わったことに斎藤は気付いていた。
そのまま京を眺めていた二人が、菖蒲の元へと行き、弁当を頬張り出したのを見て、斎藤は隣にいる小さな少年に確認する。
「行かぬのか?」
先程から、重丸は斎藤の横で腰掛けに大人しくしているだけ。
紅葉を楽しんでいるようにも見えなければ、どことなく体調が悪そうだ。
何か重たく、暗い悩みを抱えているようにも思えて、いつものやんちゃな彼らしさは一切ない。
「行かん……」
「……」
「腹、減ってへんもん……」
「……そうか」
子供は素直だ。
そのわりに何かを隠そうとする。
隠しきれていない不安が漂って来れば、そういえば茜凪が“重丸が話があると言っていた”と口にしたのを思い出した。
あれから彼の話を彼女は聞いてやったのだろうか。
忙しいのも知っているし、重丸がここの所、家に籠っていたとも聞いたが……どうなったのだろう。
「……」
「……、」
何故だか先程から着物の裾をぎゅーっと握られてしまっているので、斎藤は重丸をほおっておくにおけず、どうしたものかと唸る。
己の子供の扱いが下手であるのも承知しているからこそ、下手に行動に出れない。
だが……。
「……重丸、何か悩みがあるのではないか?」
「え……」
「その、俺でよければ話を聞こう」
「っ……」
「最善の案は出せずとも、あんたが一人で抱え込むより気が楽になるやもしれん」
重丸が裾を掴んだままゆっくりと顔をあげる。
今にも泣き出しそうになりながら、瞳に一杯の涙を溜め込んでいた。
さすがにぎょっとしてしまったが、彼も男だ。涙を堪え、再び俯きながらもか細い声で告げてきた。
「兄ちゃん……おらの話、聞いてくれるん?」
「……あぁ」
「絶対、誰にも言わへん?」
「あぁ……。約束しよう」
「茜凪ねえちゃんにも?」
子供の目からしても、二人が仲が良いのはわかるらしい。
念押しというように、重丸は斎藤の顔を見上げる。
声には出さずに返せば、重丸はついに重たい口を開き始めた。
「茜凪ねえちゃんには自分で言いたいんや……。おら、ちゃんと聞いてほしくて」
「……」
「でも言おう思うて場面になると、なかなか言えんくて……。だから、はじめ兄ちゃん、おらが話したからってねえちゃんに言わんといてな……!」
“自分で言いたいんだ”
男らしい彼の決意を汲んでやり、静かに頷けば、口下手な彼へ少年の悩みは語られた。
「おら……怖いんや」
「怖い……?」
何を恐れるのか。
この幼い年で、これから起きる戦を感じ取っているのだろうか。
それとも、物理的な何かが彼に恐怖を与えているのか。
精神的な苦痛なのか。
身構えた直後、声変わりを迎えていない少年は名を告げるのだった……――。
「おら、小鞠ねえちゃんのこと……怖いんや」
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