紫電一閃
□04. 稽古
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「にしてもまさか、烏丸たちが相手にしてたなんてな」
「剣術の教えを乞うているようです。最初は沖田さんに指導してほしかったみたいなんですけど……」
「いいんじゃない?烏丸くんで」
適当だな、おい。なんて原田が言いつつ苦笑いで沖田を見つめる。沖田は既に羽織りを脱いでおり、懐から金平糖を取り出して食べながら相も変わらず笑っていた。
沖田が楽しそうな一方で、茜凪の表情に陰りが宿る。
即座に気付いたのは、やはり兄貴分の原田であり、茜凪の隣に並びながら顔を覗き込んできた。
「おい、茜凪……?」
「は、はい……?」
「どうした?顔、暗いぞ」
「あ……すみません」
ポカン、とした表情で真っ直ぐ見詰められた原田の瞳を射抜いた。
妖の本能からか、相手の真意や直感を見破る時、瞳から視線を逸らさないので今目の前で原田の瞳があっても照れもせずに真っ直ぐ見詰めることが出来た。
相手が別の誰かであったなら、距離の近さに顔を逸らしたかもしれないが。
「何かあったか?怪我、まだ痛むとか……」
「いえ、そんなんじゃありませんよ。大丈夫です!大したことないので」
笑ってはやらなかったが、いつも通りに接すれば原田は心配そうな顔をしてくれたが、それ以上は聞いてこなかった。
隣で聞いていた沖田がボリボリと金平糖を食べつつ、瞳だけでやり取りを見つめている。
と、何を思ったのか、彼は茜凪の前に立ちふさがり、茜凪の唇に指を持って行った。
「え?」
「はい」
「お、沖田さん……?」
「あーん」
言われるがまま、というよりもされるがまま。口の中に小さなデコボコの塊が落ちて来た。唇に触れた指先の感覚にさすがに少しだけ頬が赤くなった。甘い砂糖の塊が舌の上で溶けて、なくなる。
「美味しい?」
「えっと……」
「僕の金平糖。美味しい?」
この男は相変わらず読めない。飄々としているくせに強くて、誰にも負けない。かと思えば、体を蝕む病魔と闘っていて、今にも倒れそうなのに……――。
「ありがとうございます。美味しいです」
「そ。僕の金平糖、貴重なんだからね。味わって食べて」
優しさに触れた気がした。浮かんだ笑みをそのまま、沖田に“もう食べちゃいました”なんて微笑んだが返って来たのは“君にあげると全部食べられそうで怖い”という一言だった。
今度は隣で聞いていた原田もクスリと笑んで歩き出す。日差しが暖かい卯月の午後だ。
ようやく境内に辿り着き、少年に色々と尋問しなければと瞳をあげた時だった。
それはまるで雨水が葉から水溜りに落ちるように、ゆっくりと視界に入り込んできた。
「危ねえ!」
「馬鹿避けろッ!」
「……っ」
「ッ!」
稽古の一環だったのだろうか。
少年に軽く手ほどきをした烏丸が、恐らく太い木の枝を少年に向かって投げたのだろう。その木を木刀を振りかざし、叩き返すという修行だったはずだ。茜凪も昔、藍人が狛神にそんな手解きをしていたのを見た覚えがある。
だが、今日剣を持ち始めたばかりの“人間”。妖が備えた観察眼とも、身体的能力も何もかもが異なる。ましては新選組の平隊士よりももっと格下な一般民の子供だ。簡単に避けたり、叩き返したりなど出来るはずもない。
狛神と、手解きをした本人の烏丸が声を飛ばす。それでも少年は脅えて動くことが出来なかった。
「ッ…!」
怖い、ぶつかる。
その思いが勝り、少年は頭を抱えて、その場に立ち尽くした。
烏丸も加減なしに木を投げたもんだから速さもそれなりにある。当たれば怪我を負うだろう。
視界の端で狛神が動いた気がしたが、彼より脚が速いのは自分だと茜凪は思った。
思考と体が直結していないことを改めて知る。
考える前に、駆けだした茜凪は着物の裾が翻るのも気にせずに、狛神を本気で追い抜いた。
「茜凪…っ」
「借ります」
「っ…」
追い抜き際、狛神の左腰に差さっていた刀を抜刀し、少年の前に出た。
烏丸が茜凪の速さを見抜き、現れたことに目を見開いていたのと同時。茜凪の前に飛ばされてきた重量のある木の枝。もはや一つの幹といってもいいくらいだった。
痛みが走った右手で、左足の先に向けていた切っ先を居合の如く斜め上へと斬りあげる。
何でもない。
ただ“怪我をさせたくない”という気持ちで動けたものだった。
「……っ」
いつの間に目を開いていたのだろうか。顔を覆っていた手の隙間から、少年が茜凪の剣義をしかと見届けていた。
木が真っ二つに割れ、少年よりも背後で豪快な音を立てて転がる。もう一つの破片は原田の足元へと砂埃を立てながら現れた。
静寂に包まれた境内。少年が止めていた息を吐き、茶色の短髪の少女を見上げたのと同じくして、第一声が飛び交った。
「烏丸ッッ!!!!」
「ひぃ!わ、悪かったよ……っ」
「悪かったじゃありませんッ!貴方、誰の相手をする強さで投げたんですか!?軽傷ではすみませんでしたよ今の攻撃はッ!」
クワッと睨みを利かせた茜凪に烏丸がヒィイと身を退く。
それよりも驚いていたのは狛神で、刀を持って行かれたこともそうだったが、寸の所で間に入り込める度胸と、綺麗に決まった太刀筋だった。型にはまっているというよりは、彼女らしいもので見惚れたといってもいいくらい。
「何だよ……あいつ……、」
ぽつりと出て来た言葉は、そのままの意味だった。
茜凪が烏丸に文句を言い足りないと思いながらも振り返り、先程己を貶した少年に視線を合わせて問うた。
「怪我はありませんか?」
「……た…」
「……どこか痛みますか?」
「……めた…」
「え?」
ゆっくり、ゆっくり吐かれる小さな声。
泣いているのか思い、顔を覗き込むと同時だった。少年が勢いよく面を上げて、茜凪に飛び付かん勢いで言う。
「おら、決めた!!!!」
「はい…?」
「おら、お前を嫁にする!!!」
「え」
「は?」
「嫁!?」
「ぷっ」
「……へ?」
慶応三年 卯月の終わり。
突如響いた祝言への申し込みに、ただただ惑う新選組と妖の一向であった。
つづく。
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